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私の名前は雪村雹子。
皆からは仏の舌と呼ばれている出張料理人だ。
今日は月に一度、友人の島風弘美が海外旅行から帰って来た日で、彼女の経営する他国籍居酒屋の開店日でもある。
ヒロミは旅で世界各地を回って、日本に帰省すると店を開いて、小銭を稼いでまた旅に出る。
学校卒業後、彼女はもう何年もそんな生活をしていた。そして私も彼女の開店に合わせて時々お店を手伝っていると言う訳だ。
彼女は兎耳のついたピンクのヘアバンドが特徴的で、居酒屋の名前もズバリ「ピンクバニー」
出張料理人で特定のお店を持たない私にとって、たまに手伝いと言えピンクバニーの料理人として働くのは楽しい。それが仲の良い友人の店であれば尚更。
そして常連客の顔馴染みも多いこの店だったが、その日は少し様子が違っていて、新規の客が多く訪れていた。
その原因であり今回の主役が伏見玲子。
世界的に有名なピアニストでファンも多く、店長ヒロミとはヨーロッパの旅先で知り合い意気投合したらしい。
そして玲子は現在、居酒屋の片隅に置かれたグランドピアノで演奏中。
音楽の良し悪しは私には良く分からないが、なるほど世界で有名になるのも納得の腕前だ。
何より本人が楽しそうに弾いてるし観客を惹きつけている。
観客?
そうなのだ、彼女がこの店で演奏しているのをSNSの口コミで聞きつけて、既に数人のファンがピンクバニーに押しかけている。
今回常連客以外の顔ぶれが多いのは、つまりそう言う事だ。
外国人やハーフの女性ファンが多いのも特徴らしくさっき聞いたら、
南米生まれの海鷹アルゼンチナ、
イタリア生まれのロシア育ちのタシュケント・デカプリスト、
あと台湾国籍の揚 寧海の三人娘は玲子の演奏には必ず顔を出す常連で、
タシュケントは暁山彦、アルゼンチナは長良五十鈴という日本人を友人として連れて来ていた。
「至近距離で見る生演奏は、やはり違うな」
「не так ли?
ヤマヒコはここに連れて来たワタシに感謝ナサイ」
山彦の言葉に、ドヤ顔で胸を張るタシュケント。
「うわー、これ私が好きな曲をリクエストしたら演奏してくれたりする系?」
「んー、そう言うのとは多分違うヨ?」
感動の余り訳の分からない事を言い出す五十鈴に、大真面目で返答するアルゼンチナだった。
「ところでハクコ、私が旅に行ってる間にいつのまにかカレシなんか作っちゃって。
ちょっと紹介しなさいよ」
そう。カウンター席には、あの偏食親王こと皇族で天皇陛下の次男、六華宮䨮仁親王殿下の姿もあった。
例の食事改善から、ちょこちょこ私の行き先に顔を出してくるので、恋人と疑われる事が多々ある。
私同様あまり喋らないので、無害だから放置しているが。
そして私が彼に視線を向けると、両手の指でバッテンを作る。ふむ、流石に皇族としての身バレは避けたいと。
「以前、依頼で彼の食事改善を手伝った腐れ縁よ。別に付き合ってる訳ではないわ」
と私はヒロミに説明するが。
「ふーん、彼の胃袋を掴んで懐かれたと」
そう言ってヒロミは笑う。
概ね間違ってはいない気がするが、物凄く含みのある言い方だな?
「まあいいんじゃ無い?
ハクコは友達付き合いが少ないからちょっと心配してたし」
どう言う意味だ?
私は友達が出来ない訳ではなく、単に作るのが面倒なだけだ。実際にここに、ヒロミという友人が……
「おっと、アタシはハクコの保護者枠というか姉妹枠なんだから友人にカウントされるのは勘弁な」
いつからそんな事になったのだ、初耳だが。
などと考えていると丁度ピアノの演奏が終わって、多くの拍手が出迎え、握手を求めてくるファンの人達もいる。
ややあって、演奏者の玲子もカウンター席にやって来る。
「素晴らしい演奏だったよレイコ」
「ありがとうヒロミ、最近大きな舞台ばっかりだったから気兼ねなく演奏出来たよ。
……もう思い残す事はない」
と玲子。
「大袈裟ねえ」
とヒロミが笑う。
私は興味本意で、島風玲子を覗いてみる。
相手の食べたいものが分かる、私にはそんな能力があるのだ。
が、しかし。
「玲子さん駄目!!」
と思わず私は声をあげてしまう。
「どうしたのハクコ?」
と私の態度に驚いたヒロミだったが、次の瞬間には悲鳴をあげていた。
突然玲子がカウンターに突っ伏したまま、動かなくなったのだ。
私は警察の取り調べを受けていた
「雪村ハクコ、職業は出張料理人。
特技は……仏の舌ぁ?」
私の素性がまとめられているらしい資料を見て、刑事が声をあげる。
「そうですね、相手の食べたい物を当てる能力持ちと言えば良いでしょうか?」
「何だそりゃ、何かの手品か?」
疑いの目で刑事さんが尋ねてくる。
まあ誰もが私の能力を聞いただけなら、そんな反応なので慣れている。
「それじゃ何だ、俺が今食べたい物も当てられるってのか」
はいはい、ちょっと覗かせてもらいますかね。
「そうですね……刑事さんは多分仕事終わったら近所のスーパーで焼き鳥を三本ほど買って、ウイスキーのハイボールで一杯飲りたいと思ってますね」
「……」
あれ反応が薄いな?まあいい。
「家に秘蔵しているヨントリーウヰスキー山岸の15年物を炭酸で割って、
食べる順番は、まずねぎ間、それからレバー……」
「……おいおい、待った待った!」
「あれ、外しましたか?」
私の食べたい物を知る仏の舌も、実は100パーセントではない。
時には細かい所を間違う事も……
「逆だ逆!
おい何だその具体的かつ馬鹿みてえな的中率は。
そもそも、何で俺の家に山岸15年物があるのを知ってんだよ!」
「いえ知ってた訳でなく、刑事さんを覗いたら見えたので」
「はあー、全くタネが分からんが大したもんだ」
刑事さんは脱帽、と言った口調でそう口を開く。
「そのまま今回の殺人事件の犯人も当てて欲しいもんだがな」
と刑事さんは言うが、私は食べたい物が当てられるだけで犯人探しの探偵ではない。
そう。
玲子さんはあのままカウンターで還らぬ人となった。
死因は毒殺、容疑者は店内にいた全員。
毒を入れられる人間としてカウンター席にいた私と店主のヒロミが容疑者として疑われるのは当然である。
ちなみに䨮仁親王殿下もカウンター席にいたが、仮に彼が犯人だったとしても法律上罪には問えないらしい。ズルい。
ただ、警察は根本を間違えている。
「警察では、今回の事件を殺人事件と捕らえてる訳ですね?」
「ああそうだが、それが何か?」
「多分、それだと迷宮入りしますよ」
と私は助言してみる。
「だって今回は彼女、玲子さんの自殺ですから」
「彼女が自殺?証拠はあるのか?」
刑事さんが驚いたようにそう尋ねてくる。
「私の能力に関する事なので、証拠と言われると正直弱いんですけど」
「例の、食べたい物がわかるって奴だな?」
「玲子さんを接客した時に見えちゃったんです、彼女が毒を欲していると」
私の能力は食べ物飲み物に限らず、自殺者が薬や毒を飲もうとしたい時も見えてしまう。
だから、あの時カウンターで声をあげた。
結果私の静止は間に合わなかったけど。
もし、もっと早く彼女を覗いていたら、あるいは止められたかもしれない。
「しかしそれは……お嬢ちゃんの中で確定だとしても」
「ええ、少なくとも裁判等では信じて貰えないでしょうね」
「だが十分だ。
彼女が自殺したがった動機を当たってみるよ、ありがとう」
なるほど他殺か自殺かを特定出来るだけでも捜査は進むか。
迅速な解決、期待してます。
「で調べてみた結果、予想以上に闇が深い事が判明してな」
と刑事さんが律儀に私の家に出向いて報告に来た。
「伏見玲子は、名前は出せないが国際的なテロ組織の工作員だった。
そしてやばい秘密を知ってしまったらしく、口封じに遭う前に自ら命を……」
それは確かに闇が深い。
というかそんなドラマのような話、本当にあるんだ……。
「そんな筈ない!」
と言う少女の声に私たちが振り向くと、そこには赤子をおんぶした小学生ぐらいの子が立っていた。
「ママが、私達を置いて自殺なんかする訳ないもんっ!」
「あー、ついに警察署だけでなくここまで付いて来ちゃったかあ」
刑事さんは困った顔で頭を掻く。
「ええと刑事さん、この子は?」
「ああ彼女は伏見千早、そして背中に抱えてる赤子が妹の凛だな」
どうやら彼女達は伏見玲子の娘らしい。
そりゃあ、娘にしてみれば自分を置いて命を絶ったなど、信じがたい事実だろうけど。
「だから、オバサンは嘘つきなの!」
……ほほう?
今、私をオバサン呼ばわりしましたね、このクソガキは?
「……へえ、チハヤちゃんは人参が嫌いなのね?」
「何故わかっ……ち、ちーちゃんに好き嫌いなんてないもん!?」
あくまで強がるちーちゃんだが。
残念だな、私は相手の食べたい物だけでなく、相手が食べたくない物もわかってしまうのだ。
「ほーら背後に、食べて欲しいってニンジンの妖怪が!」
「ええっ、ウソ!っていないじゃないウソツキっ」
「あら、まだ背後にいるわよ?
あなたが動いたら一緒に動いてるもの。
……ねえ刑事さん」
「あ、ああソウデスネー」
「ヤダヤダ!早く追っ払ってよお!!」
ちーちゃんは涙目でその場に座り込む。
「お嬢ちゃん……あんた、子供相手に相当意地が悪いな」
私の所業に、そう言って肩をすくめる刑事さんであった。
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