日常に 少しの変化

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日常に 少しの変化

朝起きると、頭に寝癖がついていた。 水につけても、なかなか思い通りにまとまってくれない。 ヘアアイロンを温めて必死にピョンと立った髪をストレートに整えた。 少し寝坊して、時間がない上にこの有り様。 ご飯も適当に、 コップ一杯の牛乳を飲み干して 「行ってきます。」 「紬! お弁当、カウンターに置いてたよ。」  紬の母のくるみは、立ち去る紬に声をかけた。  いつも朝の準備で忙しく、まともに家族みんな会話しないことの方が多い。 「はーい。ありがとう~。」  いつもより前髪を上げて、紬は家を出た。父親である遼平はお店の出入り口付近を掃除していた。 「今日は午後に少し雨降るらしいぞ。折りたたみ傘忘れずにな。」  遼平は玄関の棚に入れてあった折りたたみ傘を紬に渡した。 「ありがとう。」  紬はバス停に向かって歩いた。  外は曇っていてモヤがかかっていた。 ーーー  今日は陸斗に会えるかと期待しながら、学校の昇降口を開けた。  この高校では全校生徒が同じ昇降口から入ることになっている。  当然のことながら、先輩後輩入りみだっての登校時間となる。  いつも会わないが、縁ができたからか、3学年の靴箱が自然に目に入る。 気にしたことないのに、こんなに気になるとは紬自身も驚いている。  一年生がこんなところで何やってるんだろうと、不審な目を向ける3年も生徒いたが、眼中に無し。  あまり敵を作りたくないと思い直し、渡り廊下を歩いて、教室に向かった。  クラスメイトに友達はいない。  でも今はいなくても平気だった。    毎日、授業を真面目に聞いて、板書して、その繰り返し。  特に自分を気にするものはいない。  逆に好都合。  窓際の席について、リュックを机の脇にかけた。  ふと2階の窓から下を見下ろすと、渡り廊下を歩く陸斗が見えた。   メガネを掛け直した。  体を起こして、窓に手をかけた。  肩にバックを乗せて、教室に歩いている。  声をかけず、そっと見ているだけで満足だった。 (あれ?3年の教室って向かい側の反対校舎だったんじゃないかな。こっちは1年と2年の教室しか無かった…職員室も反対側だし、教室以外は全部あっち側だった気が…。)  腕組みをして考えていると、廊下側から名前を呼ぶ声がした。 「谷口~。お客さん。大越先輩来てるぞー。」  話をしたこともないクラスではカースト上位の騒がしいメンバーの1人。大崎 智也(おおさき ともや)が、大きな声で紬を呼んだ。  心底恥ずかしい。  目立ちたくない。  話したくない。  でも、呼ばれたら行かなければ。  黙ってクラスメイトがグループごとにゴタゴタ固まって座ってる間を潜り抜けて、教室後ろの出入り口に向かう。  クラスメイトは、みんなジロジロ紬を見る。  教室がざわついてきた。  上げていた前髪を下ろした。 「……。」  黙って、廊下を出た。  陸斗は話し出す。 「あのさ、昨日のことなんだけど…。」  周りを気にせずどんどん話を始めることに恥ずかしくなって、黙って紬は陸斗の腕を掴み、誰もいない階段の踊り場に連れて行った。 「あ、あのー、急に教室で声かけられるの困るんですけど…。」 「あ、うん。悪い。空気読めなくて…。昨日の話で、バイクに後ろに乗せるって話。」 「あ、ああ。それですね。」  陸斗は申し訳なさそうに顔の前で手を合わせた。 「すまん。乗せられなくなった。バイクの調子も悪いって言うのもあるんだけど、親にこっぴどく叱られて…保険もかけてないのに2人乗りするなって、万が一何かあったらどうするだって…。だから、今日から自転車通学になってるから、後ろ乗せるの無しなんだわ。」  帰りが遅いことにさとし父に咎められた陸斗は2人乗りした経緯を話すと、当分バイクに乗るのを禁止にされた。  自転車はかろうじて良いらしいのだが、紬を後ろに乗せるのは無理だろうとのこと。 バイク保険にも種類があるし、一緒に乗った相手に怪我をさせたとなるとお金の問題ではいかないこともある。 それを心配してか、禁止となった。 「そう言うことなら、大丈夫です。無理にお願いしたみたいで私の方こそごめんなさい。」  紬はぺこりと頭を下げた。 「紬は悪くないって。俺が乗せたもんだから…でも、夜道は危ないから気をつけて帰れよ? 雨の日は俺もバス通学するからもしかしたら一緒かもな。」 「え…バス乗るんですか?」  何かを考えたのか紬は聞いた。 「あー、雨の日だけ? 運賃掛かるからなるべくだったら、自転車で来るけどね。」 「学割で安くなりますよ。あと回数券買えば、お得ですし。もし良ければ一緒にバス乗りましょう!」  こう言う時だけはなぜかガツガツ行く紬。普段誰とも…輝久以外とは話さないのに。  今朝も輝久とは別の時間帯のバスに乗った。  極力会わないようにずらしていた。 「え、あ、うん。んじゃ、気が向いたら…。そんなに一緒に乗りたいの?」 「いえ…あの。痴漢対策で…。いつも乗るのは満員なので先輩に乗っててもらえると助かるなぁなんて…。一昨日、一緒にいた男子の幼馴染いるんですけど、私とは一緒にいない方がいいんじゃないかと思って…。彼女作るとか作らないとか言ってるんで。」  後ろ頭に両腕を組んで考える陸斗。 「え、なに。俺は痴漢対策のために一緒にいろってこと?その幼馴染の代わり?」  長い沈黙が訪れる。  何かまずいこと言ったかなと思いつつ、紬は謝ろうとしたとき。 「別に良いよ。人助けになるなら、それくらいなら…仕方ないなぁ。俺が人肌脱ぎますよ。どっちにしろ、バスには乗る距離に住んでるしね。でも、毎日は難しいから月に回数券1回分ね。」 まさかの返答に紬は喜びを隠せなかった。頬を赤らめて喜んだ。 「回数券1回分だと、2000円分ですね。往復1回か2回しか乗れないんじゃないですか。」    少しご不満な紬。 「お前のところの家からだと遠いから自転車では難しいもんな。俺のところは街場だからバスだと割とすぐ高校に着くけど…。まー、とりあえず、スマホに登録しといてよ。」  陸斗はラインのQRコードを表示させた。  慌てて、紬はポケットからスマホを取り出して、QRコードを読み取った。 「あ、ありがとうございます。」 「俺がバス乗る時にライン入れるからチェックしといて。そろそろ授業始まるわ。んじゃな。」  陸斗はそう言うと、手を振って階段を駆け降りていく。  2段飛ばしで降りて行った。  ちょうどその時、  学校のチャイムが鳴った。   紬も急いで、教室に戻った。  既に担任の先生が教壇に立っていた。  時間ギリギリだったためか、何も言われなかった。  こんなに学校で輝久以外の人と会話するのは初めてだった紬は、まだ心臓がドキドキしていた。    隣のクラスにいる輝久は紬のことでざわついてるのを気になり始めた。 誰の何でどうなっているかはわからなかったようだ。  その様子を後ろの座席から、森本美嘉は、紬を羨ましいそうに眺めていた。  彼氏がいても憧れの人は違うと言いたいところだろうか。 今日の授業の内容はノートには書くが、頭には全然入ってこなかった。
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