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貴史が小学校に入学しました(1)入学式
恵美さん、春になりました。君が逝ったあの春から、6回目の春です。
貴史はすくすくと育ち、この春、小学校に入学しました。君にも見せたいですよ。
尚史は穏やかな微笑みを浮べて、入学式に臨む我が子を見ながら、心の中で亡き愛妻に話しかけた。
沖田尚史、30歳。元は捜査一課のエースと呼ばれた刑事だったのだが、妻が1歳の子供を残して事故死し、子育てのためにと、閑職に自ら異動願いを出した警察官だ。
上品で穏やかで優しそうなハンサムだが、怒らせると怖い。かつて尚史の怒りを目の当たりにした受刑者は、今も尚史の名を聞くと震えるという。
その視線の先にいる息子貴史は、おっとりとしていて明るく、素直だ。そういうところは母に似たが、本好きな所や幼稚園で「王子様」と呼ばれていたその顔立ちは、父にそっくりなほどよく似ている。
大人でも長くて飽きる校長や来賓の挨拶を乗り越えると、ようやく今度は、教室へと移動する。
緑ヶ丘小学校1年1組。きっちりと並べられた机も椅子も、大人には小さく感じられるが、小学1年生には随分と大きい。大抵の子が足がきっちりと床に着かず、ブラブラとさせていた。
そして、後ろに並んだ父兄の列の中から自分の親を探し出し、笑顔を浮べ、手を振る。あるいは、もう帰りたそうな顔で見る。
「はい、皆。先生を見てくださあい」
教卓の前で田畑が声を上げ、子供達は素直に前を向いた。
「先生の名前は、田畑真知子です」
言って、ひらがなで「たばた まちこ」と大きく黒板に書く。
「じゃあ皆にも、自己紹介してもらおうかな。順番にね」
それで、出席番号1番から立ち上がって自己紹介を始める。
「飯田吐夢です!好きなものはサッカーと握り寿司です!将来の夢はユーチューバーになってガッポガッポ稼ぐ事です!」
大人の間に軽い笑いが起き、全員で拍手した。
次が立ち上がる。
「大川育民です!剣道が好きです!将来は武士になりたいです!」
またも軽い笑いと共に、拍手が起こる。
この育民は貴史と幼稚園の時から仲が良い。家が剣道の教室をしていて、小さい頃から育民も剣道をしている。弱い者いじめなどが嫌いな子で、元気がいい。
「沖田貴史です!好きなものは、プリンとオムライスとお父さんとうちの動物達です!将来は、まだわかりません!」
暖かな拍手が広がる。
尚史は、ストンと座る貴史に
(大きくなったなあ。立派になって)
と感無量だった。
「片岡亜弓です!好きなものはドラマです!将来は女優になってアカデミー賞を獲りたいです!」
そう言う亜弓に、笑いと拍手が起こる。
この亜弓も、幼稚園から仲のいい子だ。お行儀がよく、かわいらしく、素直──それが世間の評価だが、刑事としての観察眼のある尚史は、それは演技だと見ていた。
そうして次々に自己紹介は済み、教科書などをもらって、今日は家へ帰る事になった。
「ただいま!みんな!」
貴史と尚史が帰宅すると、すぐにほかの家族が出迎えた。
「オカエリー」
これはダルマインコのジミーくんだ。サイレンや電話の呼び出し音などのモノマネが得意で、会話もこなす。
走って来て体を駆け上がったのはハムスターのハムさん。針ネズミのハリーじいは見上げて大人しく座り、モモンガのモモちゃんは飛んで来て肩にとまった。そしてジャーマンシェパードの隊長は、ハリーじいと並んで座りながらクウーンと鳴いた。
これらの動物は、動物好きの恵美が生前拾って来たもので、貴史の兄弟のようなものだ。
「見て見て!今日から1年生だよ!」
造花のバラと、名前の入った名札を付けた胸を張る。
「シッカリ勉強シロヨー」
ジミーくんが言って、尚史は笑いを堪えた。
「さあ、荷物を片付けて着替えるぞ。教科書に名前も書かないといけないしな」
「はあい」
靴を脱いで玄関を上がった貴史は、教科書の重さによろめいたところを隊長に転ばないように支えられ、
「ありがとう、隊長」
と言って、奥へ入って行った。
それを尚史は見て、
「今日の晩御飯はお祝いだからごちそうだぞ」
とニコニコとして言った。
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