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貴史と買い物に行きました(3)三番目のヒーロー
日曜日、貴史は尚史と一緒にデパートに来ていた。今日は屋上で人気の特撮番組のヒーローショーがあり、これに尚史に連れて行ってもらっているのだ。
一番のヒーローは父親で二番が春彦だと言っているが、これはまた別だ。
「あれ? 先輩と貴史君! 奇遇ですね」
デパートの近くにいたのは、池谷と、池谷とコンビを組んでいる刑事だった。
「おう。仕事か」
声を潜めて尚史が言うのに、池谷たちは軽く笑って頭を下げた。
「おはようございます、課長」
挨拶を交わし、声を潜めて池谷の相棒が言った。
「例のタタキの聞き込みです。ガイシャの勤め先がここのブティックだったんで」
「そうか。大変だな」
尚史が返した時、聞き覚えのある声がして尚史と貴史と池谷は声のした方を振り返った。
「偶然に決まってるだろ。何でわざわざ顔を見に行かなきゃいけねえんだよ。あほくさい」
「あ。春ちゃんだ」
貴史が指さした先では、春彦がカップルと向き合って剣呑な雰囲気になっていた。駅とデパートをつなぐ連絡橋の上で、周囲の通行人はちらりと春彦たちを見ていく。
カップルはベッタリとくっついて、春彦を優越感に満ちた顔つきで見ていた。
「それはあたしに未練があるからでしょう」
「情けない。ふられたんだから付きまとわずに諦めてくださいよ」
カップルが言うのに、春彦がカチンときたように言った。
「だから偶然だって言ってんだろうが。ああ? 俺は用があってここに来ただけだ。てめえらの予定なんざ知るか」
春彦と男は睨み合う。
しかし周囲が、
「ストーカーかしら。柄も悪そう」
「警察呼んだ方がいいんじゃないか」
などと囁くのが聞こえた。
「嘘よ。用って何よ。仕事なんてないじゃないの」
女が馬鹿にしたように言うのに、春彦は嘆息して
「会社勤めしてねえだけ」
と言い返すが、男も女も、周囲も信じていないのは目つきからも明らかだった。
尚史が足を踏み出しかけたが、池谷がそれを制した。
「貴史君がいるので、先輩はここにいてください」
言って、彼らの方へと歩いて行く。
「どうしました、お待たせしましたか」
春彦たちは一瞬「え、誰」という顔をしたが、春彦は尚史と貴史にも気付いた。
「本当に用事だったんじゃないの」
「なあんだ。女の自意識過剰かあ」
周囲はそう言って離れて行くが、女は顔を赤くして池谷と春彦を睨み付けた。
「だって、おかしいじゃないの!」
「私には、こんな公共の場所で、確たる証拠もなく一方的に人をストーカー扱いする方がおかしいと思います」
池谷は静かに言い返したが、女は感情的になっているようだ。
「こんな顔してるくせに、お菓子を食事にするなとか、部屋を片付けろとか、ゴミを捨てろとか」
少し男が、女を「え」という目で見た。
「当たり前のことじゃねえか。足の踏み場もねえ部屋に上がれって言われても、どこに足を下ろせばいいか困るだろうが」
春彦が少し困ったように言うのに、女は、
「男が細かいこと言うんじゃないわよ。お菓子を食事にして何が悪いのよ。あんただって何か料理できるの?」
と言い、池谷は、
「お好み焼きは美味しかったです」
と答え、春彦は得意そうに笑った。
「へへ。たこ焼きも今度食うか。貴史も好きだからな。焼きたがるんだけど、幼稚園児には無理だって言ってたんだよなあ。小学生になったからやりたがるだろうな」
そう言うのを聞いて、女は
「男のくせに何言ってんの。気持ち悪い」
と言い、池谷は笑いながら
「僕はあなたが気持ち悪いです。
お互い気持ち悪いだけですし、関係ないのならもう離れますね。
行きましょう」
と言って、春彦の肩を叩いて踵を返す。
「ああ。
もうなんの関係も未練も何にもねえから。好きにしてくれ」
春彦は笑って片手をひらひらとさせ、池谷に続いて歩き出した。
「春ちゃん! あの人にいじめられたの?」
「大丈夫だ。俺は強いからな」
春彦は笑って貴史の頭を撫でた。
「春彦の元カノか。ちょっと、アレじゃないか」
言いにくそうに尚史が言うのに、春彦も嘆息する。
「わかってる。最初はわからなかったんだよ。顔と服は清楚なお嬢様風だったし。くそっ」
貴史は池谷を見上げて目を輝かせた。
「池谷さん、春ちゃんを助けたところ、ヒーローだったね」
「おう。助かったぜ、サンキュ。ヒステリックにわめきやがって、話も聞かねえし」
池谷は、
「いやあ。その、友達だし」
と笑った。
一番のヒーローは父親、二番目は春彦。そして三番目に池谷をヒーロー認定したのだった。
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