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空隙
暗闇に火の海が広がっていた。
紙屑同然にひしゃげた車——だったものがあちこちに転がり、業火に包まれている。
「何だこれは……」男は思わず口をつく。直後、自分が何故ここにいるのかを思い出した。
——そうだ、子どもたちは……!
修学旅行生を乗せた長距離バスは目的地へ辿り着く前に、このトンネル内で事故に遭ってしまったのだ。
「誰か! 誰かいないかっ!」
男は叫びながら、必死で自分が乗せていた学生たちを探す。同時に、自らに落ち度があったかもしれないという思考が肥大化していった。事故の直前から今までの記憶に欠落があることを認識したのだ。
万が一、自分の不手際がこの地獄を作り出したのだとしたら。想像しただけで震えが止まらなかった。
しかし今考えるべきは、大人として、人間として、責任者として、預かっていた命を一つでも多く救い出すことだと言い聞かせ、己を奮い立てた。
どれだけ探しても、一向に返事がない。
男は絶望に耐えかねて頽れた。どこかから漏れ出したガソリンがびしゃりと跳ね、膝を濡らす。
——そうか。俺はこのまま焼け死ぬのか。
彼はいよいよ腹を括り、然るべき罰を待った。
「——さん、しっかりして!」
それは彼女にとって、過去最悪の目覚めだった。あまりに激しく肩を揺さぶられたせいか、首と肩に鈍い痛みがあった。
「早く出ないと! 急いで!」
視界のほとんどは粉々になったガラスに占められていた。その先は見えない。少し下には、布ともビニールともつかない、萎んだ風船がぶら下がっている。
視線を右にずらすと、割れたナビの下のデジタル時計は、十四時五分を告げていた。
「遠藤は大丈夫なの?」
「うん。どこも痛くない。お守りのおかげかな。筒井さんは?」
筒井はシートベルトを外すついでに、自分の身体を凝視しながらしばし考える。
「な、なんともない」
「良かった。出口まですぐだ、走ろう」
遠藤は運転席側から筒井を引っ張り出し、トンネルの出口を指差した。百メートルほど先に陽の光が見える。
普段は信仰もなければ願掛けもしていないが、奇跡的に無傷で助かったことを神に感謝しなければ、と彼は思いながら、筒井と共に行き止まった車列を縫うように走った。
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