02.寝顔に誓って

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02.寝顔に誓って

「どこで、仕事なの?」  背後で心配そうに立っているセリナが、小さく訊く。  俺はありのままの情報を伝える。 「ひぐらし坂スカイパークタワー」 「……近いのね……」  もっと驚くかと思ったが、案外セリナは冷静だった。  俺は部屋着を脱ぎながら仕事用のバッグをアゴでしゃくった。 「急ぎなんだ。必要そうなもの、カバンに入れといてくれるか?」 「あ、うん、分かった」  セリナは寝ぼけ眼を打ち消すように頭を振ると、そそくさと動き始めた。夜中なのに甲斐甲斐しく動いてくれる妻がいて、幸せだと感じる。  俺は洗面所に向かうとノズルヘッドの下に頭を突っ込んで水を被り、そのまま髪を後方に掻き上げた。緊急事態に身だしなみなど気にする必要もないのだが、何となく気合が入るというか、儀式みたいなものだ。  玄関前のクローゼットで仕事着に着替えていると、お願いしたバッグをいかにも重そうに引きずりながら、セリナが運んできてくれた。 「大体準備出来たよ……アオトの顔、見ていく?」 「いや、起こしたら可哀想だ。それに、これっきりって訳じゃない」 「でも……でも、万が一、爆発なんかしたら……」  珍しく、縁起でもない事を言いながらセリナは下を向く。俺はその頭に手のひらをポンと乗せた。そして我ながら空々しく発する。 「……一応、アオトの寝相でも確認して行くか! 帰ってから、どのくらい変わったか観察してやろう」 「……うん」  笑顔を作ったセリナと一緒に、アオトの寝室のドアを静かに小さく開けた。廊下の明かりが縦長にアオトの顔に差すと、気持ちの良さそうな少年の寝顔が浮かび上がった。  毛布から飛び出た足にはどこでぶつけたんだか青痣(あおあざ)があり、いかにも腕白に、元気に育っているぞとアピールしてくる。  俺はその足に、その寝顔に、絶対に帰ってくるぞと誓った。 「また、会おうな」
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