わたしのこと憶えてないよね?

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 マッサージが終わったあとのピロートークで、セラピストは副業だと聞いていた。本業はメーカーの営業だと。踏み込んだ個人情報を訊くわけにはいかないので、どこのメーカーにお勤めなのかは分からずじまいだった。取引のある会社の営業マンだと知っていたら、指名することはなかったのに。  元カレでも、一夜限りの相手でもなく、女性用風俗のセラピストと職場でまた会うなんて拷問もいいとこだ。 「それでは、失礼いたします。今後ともよろしくお願いいたします」  ようやく彼らが席を立ったので、居酒屋の勢いでありがとうございましたー! と叫びそうになった。未だかつて、取引先の人が帰ることにここまで感謝したことはない。  エレベーターまでお見送りする途中、上司二人が今度ゴルフへ行きましょうなどとどうでもいい雑談を始めた。飛び蹴りして、エレベーターに押し込んでやろうかなんて物騒な妄想をしてしまう。なんでもいいから、頼む。早く帰ってくれ。不審なほどに『↓』のボタンを連打し、エレベーターの到着を待つ。
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