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「水崎さんもゴルフされるんですか?」
上司に合わせるように、エルくん……いや新実さんが訊いてきた。心停止するのではないかと思うほどびっくりしたが、口ぶりからしてやはりわたしのことは憶えていないようだった。これが職場での再会でなければ少し寂しく思うのかもしれないが、今はガッツポーズを決めたいほどの安堵に包まれていた。
「いえ、わたしはしないんです。に、新実さんは」
「僕もそろそろ始めようかと思ってるんですけど、なかなか」
「そうですよね。ゴルフってお金もかかりますしね」
当たり障りのない会話でどうにか切り抜けた。上司の話にもようやく終わりが見えた。あと一息。そうだ。テンポよく足を前に運び、さっさとエレベーターに乗り込むんだ。
到着したエレベーターの中に手を伸ばし、『開』ボタンを押す。扉を手で押さえ、どうぞと中へ誘導する。ゴールはすぐそこだ。頑張れ、わたし。
どうもと会釈してエレベーターに乗り込む瞬間、彼が少しだけ近づいたのがわかった。
「また会えたね、いおりちゃん。よかったら次も指名してね」
耳元で囁き、彼はにやりと笑った。
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