無人駅で話をしよう

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 高い空。日差しが痛いほど強い日、俺は駅に向かって息を切らして走っていた。  俺が走っているのは田んぼの畦道。青々とした稲が、俺の足に当たっては弾かれて揺れる。駅までの近道だ。  早く行かないと、間に合わない。 「くそー! 黙って行くなよ!」  俺は叫んだ。見渡す限り田んぼだから、聞いてるひともいない。こんなこと、道路で叫んでいたらたちまち近所どころか、村中に知れ渡ってしまう。 「俺、話があるって言ったよな!?」  額から流れた汗が目に入った。乱雑にそれを脱ぐうと、汗だけじゃなく視界が滲む。  高校生になった時、療養目的で母親と二人で来たアイツは、色白で、男か女かも分からないもやしっ子だった。  正直、進学しても周りのメンツは変わることはなく先生とも顔馴染みで、コイツらの顔を見ながら高校を出たら町で就職し、結婚して子供を産むんだろうな、なんて漠然と考えていた俺にとって、アイツの転入は青天の霹靂だったんだ。  よそ者は警戒される傾向がある地域だから、身体が弱いアイツを守ってやらないと──それがいつの間にか恋心に変わっていたと気付いたのは、今年に入ってからだったか。  アイツも、あれこれ世話を焼きたがる俺に苦笑しながら、受け入れてくれていたように思う。俺の前ではよく笑うようになって、その笑顔に俺もどんどん気持ちを募らせていった。  けど、高校を卒業したらまた元いた土地に帰ると聞いたんだ。通院するのにやっぱり不便だからと。こうしちゃいられないと、何度か話をしようと持ち掛けたけど、……いつもスルーされた。  そして今日のこれだ。まさか帰省の日が早まっていたなんて知らず、幼なじみから聞いて慌てて駅に向かったアイツを追いかけてる。 「どうして! 俺の話を! 聞かないん……だっ!」  そう叫んで田んぼと道路の小さな柵を飛び越えた。ここまで来たら駅はもう視界に入ってる。アイツは……いた! 「アキラあああああ!!」  俺は村中で噂されても構わない、と大声でアイツを呼んだ。ホームにいたアキラは振り返ったようだ。白い頬がこちらを向く。  けど、冷や汗をかいたのはそのあとだ。電車がホームに到着しようとしているのに気付き、俺は全速力で走る。 「アキラ! 俺の話を聞けって、言っただろ!」  息が切れて胸が熱かった。でもそれ以上にアキラに気持ちを伝えられないかもと思う方に、胸が痛む。だから、がむしゃらに走った。頼む、間に合ってくれ!  電車がホームに着いてしまう。でも俺は諦めない。ドアが開いて、アキラが動く。駅舎にアキラの姿が隠れてしまって、俺は泣きながら叫んだ。 「行くなよアキラ!!」  けれど、電車は無慈悲にも動き出してしまう。絶望に足が止まりかけたけど、それでも叫べば届くかもしれない、そう思って駅舎に入った。無人駅なので当然ひとはいなくて、しんとしている。  間に合わなかったか。そう思ってホーム手前で足を止めた。ボロボロと涙が落ちて、コンクリートの床に吸い込まれていく。 「アキラ……どうして……っ」  俺の話を聞いてくれなかったんだ。  膝に手をつき、乱れた呼吸と一緒に嗚咽が漏れた。別れ際くらい、話を聞いてくれたってよかったのに。お前は俺の決死の覚悟も言わせてくれないのか、と悔しくなった。 「……帰るって分かってて、未練を残すようなことしたくなかったから」  冷静な声がして、俺はハッと顔を上げる。そこには少し不機嫌そうなアキラがいた。 「アキラ……?」 「どうしてくれんの? 次の電車、四時間後だけど」  しかも大声で呼んで、と心底嫌そうにアキラは言う。いつも通りのアキラに、俺はまた泣けてしまった。 「アキラ……。俺お前が好きなんだよおおおお……!」  床に膝をついて、オイオイと泣きながら告白する俺。はたから見たら、情けない上に男が男に告白なんて、噂されても村八分にされても文句は言えない。でもどうしても伝えたかった。 「俺高校卒業したら、アキラの地元で就職してアキラを養いたいんだぁ!」 「ちょ、……分かったから泣くなよ」 「お前が黙って行くからだろ!?」  子供のように泣く俺に、アキラは呆れている。もやしっ子の癖に、アキラは気が強いんだ。そのギャップもいいんだけど。 「間に合ってよかった……!」 「間に合ってない。俺が電車一本遅らせる羽目になった」  アキラはそう言って、ホームからこちらにくる。まだ膝をついたままの俺の前に、膝を抱えてしゃがんだ。 「未練が残った。どーしてくれる?」 「え……?」  意味が分からず聞き返すと、アキラは笑う。俺が好きな、アキラの笑顔だ。 「……っ、ら、来年! 卒業したら絶対そっちに行くから!」 「……うん」 「そしたら二人で暮らしたい! 高卒じゃ大変かもしれないけど、アキラのこと大事にする!」 「……うん」  柔らかく微笑んだアキラは儚げで、俺は思わずアキラを捕まえて抱きしめる。アキラが消えてしまいそうだと思ったなんて言えず、だから待ってて、と囁いた。 「うん。……待ってる」  アキラは力強くそう言って、俺の背中に腕を回してくれた。  そのあと、俺たちは次の電車が来るまで、駅で将来の話をしながら待った。 [完]
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