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 キリは優しい人なのだろう。愛が慰めの手段でも、これは事実だ。だからこそ僕は、前以上に彼が愛しくなったし、追い付き必要とされたいと夢も見てしまう。  もう、心痛など厭わない。不要とされない自信を手にするまで、どんな危険でも犯す。例えどこまで非道な人間になろうとも。    時々町に赴くと、世界の無情さを痛感する。顔をあげて生きてこなかったから、気付かなかったらしい。誰も彼もが人から目を背けており、不思議なくらい視線が合わなかった。裏仕事に従事する、僕にとっては有り難いことだが。  業務的なやり取りを経て、肉屋で肉を買う。死して解体済みの肉ならば、何の抵抗も感じない。むしろ、昔はありつけなかった高級品に魅力さえ感じる。  なのに、やはり三年の月日が流れても、殺しには染まれなかった。もはや日常となったはずの光景を、思い出すだけで目眩を感じる。  いや、認めたくはないが、年々拒絶が深まっている気もしている。  店を出たところで、小さな衝撃が右からぶつかってきた。勝手に跳ね返った物体に目をやると、小柄な女性が尻餅を付いていた。嗚咽を鳴らし、花束を散らかしている。大きく膨らんだ腹が命を抱えていた。  無視して踏み出そうとした時、呟かれた名詞が耳を突く。足が止まりそうになったが、普段通り心に蓋をして走り去る。  呟かれた名は、少し前に僕が殺した人間の名だった。    今さらな話だ。重々承知――している積もりだった。  裏路地に飛び込み嘔吐する。服も購入物も、汚さないようにして何度か吐いた。  嘗て想像したことがある。もし愛しい人が殺されたなら、どんなに絶望するだろうと。しかし、元々想像力が乏しかったのか、苦痛は描けども仕事を退く理由にはならなかった。  なのに、悲しみを目の当たりにした瞬間、急に罪悪感が刺さってきた。  それでも、ナイフを振るわずにはいられないのだが。
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