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 脱衣所で、汚れた服を剥ぐ。黒の素材でも血の付着がよく分かった。ここ三ヶ月――何とか依頼は完遂しているが、手際が悪くなっている。明らかなパフォーマンスの低下は、濃厚な焦りを僕へと注ぎ入れた。  キリは無言でフォローしてくれる。しかし、単独の仕事が回されないことからも、不調が見抜かれているのは明白だった。  ふと、鏡に写った顔に違和感を覚えた。濃厚な色の血が、鼻元辺りを汚している。  これって誰だっけ――瞬間的に、他人を眺める錯覚に陥った。  自分を見失うなと言い聞かせ、勢いよく両手で頬を挟む。そのまま熱く強いシャワーを浴びた。    リビングに戻ると、珍しくキリが転た寝していた。よほど疲れているのか、気配の抹消を極めたからか目覚めない。  心の手当てを欲していただけあり、酷く表情が歪んだ。自分では見えないのに、無様だと思えるほどの歪みだ。互いの距離に反した溝の深さが苦しい。  暴走する痛みの、制御も兼ね発声する。 「キリさん」 「ん、悪い。眠ってた」 「ちゃんとベッドで寝て下さい」 「褒美は」  明日でいいです――告げようとして、自ら抱き付いてしまった。背中に胸を密着させ、温度を混ぜ合わせる。回した腕を、柔らかな手つきが触れた。  やっぱり、熱で繋がっている間だけは痛覚が鈍くなってくれる。僕が僕でいられる。 「……足を引っ張ってばかりですみません」 「いいや、よくやってるよ。ナチは最高の仕事仲間だ」  末尾の一言に小さな痛みが轟く。勝手に一人、夢を見て紛らせた。
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