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 立て続けに入った依頼を消化すべく、本日は一人で仕事している。この三時間ほどで、既に二人済ませてきた。  計らいか偶然か、両者抵抗に遇うことなく始末できている。なのに、やけに体が重いのは由々しき事態だ。  残り二件の消化順を、今一度辿――ろうとして、標的の一人を見つけた。背を向けており、僕には気付いていない。煌めきのないナイフを構え、そっと近づく。  情報によると、相手も同業者だそうだ。恐らく武器があると見て隙を探る。徐々に間合いを詰め、捉えた急所目指し攻撃を仕掛ける。  はずが、体にリミッターがかかった。傾いた体に花束が抱えられていたのだ。  いつかの記憶が蘇る。殺すのが怖い。はっきりと感じてしまった。気配を出してしまったのか男が翻る。右手に素早く銃を構え、その口を光らせた。  あ、今度こそ死ぬのかな。僕が死んだら、キリは泣いてくれるかな。  誰かの顔が浮かぶことが、場に合わぬ喜びをもたらす。  偽りの愛情ではあったけれど、最後まで裏切られなかった。雑に扱わず、居場所を与え続けてくれた。願った通りの繋がりは得られなかったけれど、それでもう十分だ。  数発の銃声が夜に轟く。硝煙の臭いと、どうしてか甘い香りも鼻に触れた。力に押され、背中が地面を目指す。  崩れ落ちた時、思い出したのは嘗ての夜だった。僕が初めて人を殺し、仕事に招かれた日。そしてキリに恋した日だ。  今はキリが、あの男と同じポジションにいる。やたらと星が瞬いていた。 「……キリ、さん?」 「……標的は殺した。安心しろ」  早い返事に安堵と、時差で生まれた混乱が混ざりあう。キリは起き上がろうとして、再び僕へと被さった。息が荒くなっている。  空気中に、血の臭いが混じりだした。僕に流血するほどの怪我はない。標的との距離だって遠い。だとするとこれは。 「庇ったんですか、僕なんかを!」  普段なら癒しとなる温度が、恐怖を促進させた。キリを抱えたまま起き上がり、状況の把握に努める。  血が地面の上、線を伸ばし続けていた。全身から汗が噴き、ドクドクと心臓が拒絶を訴える。対象的にキリの体温は冷めはじめた。 「……偶然見かけてな。なんか危ういと思ったんだよ」 「それなら見捨ててくれれば……」 「確かにそうだ……」  声が消える。焦りが絶頂に届き、思考が活動を投げ出した。彼を失ったら、正気ではいられなくなる。それだけは分かる。分かるのに。  心の叫びを、体は無視した。    呆気ない死が、僕の体に乗っかっている。多くの死を見てきたのだ、違えることはない。キリは死んだ。死んでしまった。瞬間、理解した。  そうか、僕はちゃんと愛されていたんだ。  驚愕が悲嘆を一瞬だけ凌駕する。キリは命を省みず、本能的に僕を庇った。それは褒美でも振りでもない、本物の愛情だ。  事実と現実が、僕の中で急速に混ざりあう。瞬間、目の前が歪んだ。地面に引っ張られ、頭が打ち付けられる。目の前の星が渦を巻き、脳内へと反映される。  あれ、今何が起こってるんだっけ? 目の前で息絶えてるのは誰だっけ? そもそも僕はここで何をしてた? いや、僕って何者だっけ――?   分からない。何も分からない。
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