幼馴染との再会

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幼馴染との再会

 大森武(おおもりたける)は幼馴染の高柳博(たかやなぎひろし)との再会を果たすために、夏の終わりに結構高額で有名な老舗旅館を訪れた。    その旅館は温泉地で有名な長野県の鹿教湯温泉(かけゆおんせん)の老舗旅館で、高柳は今、その旅館の女将と結婚して入り婿として旅館を任されていると言う。  確かに幼少期から小学校まで家が近所で、幼馴染だと言える間柄ではあったが、高柳の家では父親の会社での横領が発覚し、いきなり消えるように小学校6年生の時に転校していったままだった。  そんな高柳から突然の招待状が届いたのだ。それも1週間という長い期間。  なんでも、昔のお礼をしたいからぜひ温泉にゆっくり浸かって長逗留というほどではなくても、都会の疲れを癒してほしいと書いてあった。     武は36歳だったが、まだ独り身で会社の有休も消化するように上司から再三言われていたので、よい機会だと思い、会社に1週間の有給休暇を出し、招待状に書いてあった温泉旅館を訪ねた。  長野県の山の中にあるこの温泉は、文殊菩薩さまが鹿に変身して猟師にお湯のありかを教えた。という言い伝えがあり、現在でも怪我や病気の湯治にくる人も多いと言う。  武が招待された旅館についてみると、湯治客が長逗留できるような安くて自炊もできる旅館とは違い、100年続く老舗旅館として、一泊の値段が5万円~という高級旅館だった。  さすがに一週間の招待をそのまま受けるのは気が引けた。  まず、昔のお礼というのがピンと来ていなかった。幼馴染で、親も仲が良く高柳の家で横領事件があった時には、確かに博と、博の3歳上の中学3年生の兄の勝を大森の家で預かった時期があった。  お礼と言われればそのくらいしか思い浮かばなかったが、それにしてはこの高級旅館で1週間の逗留は随分気前の良いお礼だと思った。    しかし、宿に着くと女将も出てきて、下にも置かないような扱いで歓迎され、24年ぶりに合った博は少し面影が代わっているようにも思えたが、それはきっと博から見た武もそのように見えるだろうと言う程度だった。 「また会えたね。久しぶりだね。お互い年をとったね。」  と、おとなしい声で博に言われ、武はやはり博から見ても俺も変わって見えるんだなと納得した。そして相変わらずどこかおどおどとして見える博はやはり変わっていないのだと思った。  あまりの歓迎ぶりに武は少々戸惑いながら 「なぁ、博、いくらお礼って言っても、こんな高級旅館に一週間は申し訳ないよ。お言葉に甘えて来てしまったが、どうだろう3日ほど泊まらせてもらって帰ろうかと思うよ。」  と、遠慮がちに言った。  博は 「何を言っているんだい。あの幼かった時に僕と兄はどれほど心細かった事か。そんな大変な時に泊めてもらったんだ。それに部屋ももう準備して、他の予約も断っている。無駄にならないようにゆっくりして行ってくれよ。」 「食事も全部部屋で食べられるし、メニューも毎日替えるから飽きずに山の幸も楽しんでいってくれよ。」  と昔のおとなしい声でそこまで言ってくれたので、ここはひとつ甘えてしまう事にした。  なにせ、この辺りはマツタケが有名なのだ。もともと食い意地が張っていた武は食事の事を考えると、都会での一人暮らしのジャンクフードから一週間も高級旅館の食事を味わえることに心惹かれてしまったのだ。  部屋に通してもらうと、少し離れた所に川が流れるのが見え、東京ではまだ残暑があったと言うのに気持ちよく涼しい。そして、紅葉がはじまり山も美しかった。とても良い部屋だった。  温泉はかけ流しだが、この旅館は大分古くからあるので今の流行りの部屋付きの温泉はないのだと言う。しかし大きな温泉と露天風呂があり、そこもとても眺めが良かった。  武はずっと一人でいるのだから温泉くらいは誰かと一緒に過ごせた方が良いと、博に笑いかけた。  鹿教湯温泉は、切符を買えば色々な温泉を試して入りに行かれるようになっており、小さいが土産屋も結構あった。  昼飯は自分で好きな所に食べに行くと博に告げ、6泊7日の温泉逗留が始まった。    
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