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高校の卒業を控えた2月の寒い朝、久しぶりに出かけたドッグランでケントを遊ばせていたら、ラブちゃんを連れた男の人が柵を開けて入ってきたのだ。
一目で彼だと分かった。
全然変わっていない。でも少し年を取ったかもしれない。もう大学生には見えないかも。けど素朴な服装で朴訥な感じなのは変わっていない。
懐かしさと嬉しさがこみあげて来る。
けれども彼の方は、全然私のことを覚えていなかった。
とっさに左手の薬指をチェックしてしまったけど。彼女がいたらどうしよう。そんなことも考えたけど。
結婚もしてないし彼女もいない。そのことが確認できてすぐ、私は彼に交際を申し込んだ。
それから私たちは交際を続けて、ラブちゃんが天寿を全うしたときは落ち込む彼の傍にいて一緒に泣いて、そのあともさらに時間が流れて。
プロポーズを受けたのは先日のこと。
結婚の打ち合わせのために彼の家にお邪魔したときに、お姉さんがそっと聞いてきた。
「その後ケントはどう? 思い出したみたい?」
私は首を横に振る。
「彼はまだドッグランで再会したときを私との初対面だと思ってるみたいです」
「ごめんねえ。ケントのやつ、人の顔と名前を覚えないポンコツなんだよねえ」
「だけどさすがにもうケンちゃんが気づくまで待てないかも。母にもいいかげんにちゃんとあのときのお礼を言わせてってせっつかれてて……」
「まあ弟にとっては別に礼を言われるほどのこともなかったんだろうし、思い出すまで見守りたいような気もするけどねえ」
「忘れているっていうよりも、私があのときとずいぶん変わったせいで、単に同一人物だと思われていないのかも」
「確かにミカちゃんずいぶん大人びたよね。最初に会ったとき高校生に見えなかったってケントは言ってたよ」
「私、早く大人になりたかったんです」
もしかしたら明日はあなたに再会できるかもしれないから。いつかあなたに会えたとき、あなたにふさわしい私になっていたいと思ったから。
そう思って過ごしてきたことをお姉さんに話したら、
「ミカちゃんのケントに対する買いかぶりが怖いよ」
といって笑われた。
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