第1話 サンタクロースへの手紙

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 聞こえてきたのは、若い男の人の声だった。  多分、私とそう変わらない年だろう。  耳を優しくくすぐるような、落ち着いて柔らかい声質だけど、その声はどこか深刻そうに耳に響いた。  何か悩みでもあるのかも知れない。  『愚痴聞き屋』と話したがる人は、「ただ話したい」という人から悩みのある人まで様々だけど、『ペンタブ』さんは後者のタイプなのだろう。  何はともあれ、まずは挨拶と自己紹介だ。 「ご利用ありがとうございます。先程お申込み頂いた、『肉球(にくきゅう)ぷにぷに』と申します。『ペンタブ』様のお電話でお間違いございませんか?」   『肉球ぷにぷに』は愚痴聞き屋としての私の名前だ。  自分に自分で名前を付けるのは難しくて、いい名前が浮かばなかったから、適当に自分の願望を名前にしてみた。  この名前のおかげで「どんな人なのか興味が湧いた」と言って、私を選んでくれるお客さんもいるし、なかなか悪くない名前だと思う。 「初めまして、『ペンタブ』です。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしくお願い致します。では、早速『ペンタブ』様のお話を聞かせて下さい」 「あ、すみません。実は僕、話を聞いて欲しい訳ではないんです」 「え?」    訳がわからない。    今までのお客さんは愚痴ではなくても、聞いて欲しい話をする人ばかりで、こんなお客さんは初めてだった。 「すみません。お話が見えないのですが、私は一体何をしたらいいんでしょうか?」 「何か話して下さい。できれば何かこう、天啓を受けたんじゃないかと錯覚するくらいの衝撃の事実が判明したりするような、面白い話でお願いします」  『ペンタブ』さんは冗談を言っている訳ではないようで、その口調は至って真面目だった。  そんな無茶ぶりは芸人さんにでもして下さい。  その一言を、私は辛うじて飲み込んだ。『愚痴聞き屋』に「面白い話をしろ」なんて、本当に変わったお客さんだ。  お金をもらう以上、できる限りのことはするつもりだけど、流石にこれは無理そうで、私は控えめに言った。 「ええと……ご期待に応えたいのは山々なんですけど、私芸人さんでもなければ落語家さんでもない素人なので、つまらない話しかできないと思うんですが……」 「ですよね。すみません」  良かった。  変わった人だけど、ちゃんと話が通じるタイプみたいだ。  私がほっとしていると、『ペンタブ』さんは質問を変えてきた。 「じゃあ、面白くなくてもいいので、最近何か変わったことや不思議なことはありませんでしたか?」 「変わったことや不思議なこと、ですか?」  「面白い話をしろ」に比べたら、いくらかハードルが下がった気がするけど、やっぱり変なことを言うお客さんだなと思っていると、『ペンタブ』さんが言う。 「実は僕、漫画家をしているんですが、今ネタが浮かばなくて死にそうなんです。四六時中ずっとネタを考えてるんですけど、脳味噌をひっくり返して叩いても何も出て来ないくらい、本当に頭の中がスッカスカなんですよ……まあ、大して売れてる訳でもないですし、元々赤ちゃんの爪くらいしかなかった才能が枯れただけと言われたらそれまでですけど、とにかく切実に困ってるんです! 助けると思って、何か話して下さい! もしかしたら、何かひらめくかも知れません!」  『ペンタブ』さんは相当切羽詰まっているみたいで、話している内にだんだんテンションが上がって、終いにはほとんど絶叫になった。  本当に漫画家かどうかはともかく、困っているのは嘘ではないのだろう。  だからと言って、只の『愚痴聞き屋』にネタを訊いてくるのはどうかと思うけど、精神的に追い詰められ過ぎて正常な判断ができていないみたいだ。  できれば力になってあげたいけど、いきなり「変わったことや不思議なことはないか」と言われても……。
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