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すみれは先に到着していた。
待ち合わせ場所の公園の入り口で、愛犬のクロを足元におすわりさせて立っている。
Tシャツの上に薄手でオーバーサイズのカーディガンを羽織り、ショートパンツからは真っすぐで細い生足が惜しげもなくさらされている。ハイカットのスニーカーもぴったりマッチしていて、カジュアルなのにすごくかわいい。
俺なんて、無地のTシャツにジーパン、薄汚れたスニーカーだ。
犬の散歩だからカッコつけても逆に浮くと思って普段着にしたが、みすぼらし過ぎたかもしれない。
どうしようか、いまから引き返してもう少しマシな服装に……って、持ってねーし!
立ち止まってそんなことを考えていたら、すみれに見つかってしまった。
こっちを見て、にこっと笑って小さく手を振っている。
カーディガンの袖から指先だけが出ている「萌え袖」だ。
やべえ、かわいすぎる。すみれちゃん、もう俺をどうしたいわけ!?
どんなに引き締めようとしても、口元がゆるんでしまうじゃないか。
「朝比奈君、おはよう」
「すみれちゃん、おはよ」
挨拶を交わす俺たちの足元で、クロが鼻にしわを寄せ、前歯をむき出して唸っている。
どうやらフランケンを威嚇しているようだ。
まあ、わかる。
外見はまるっきり犬なのに、犬ではない。そんな異質な存在であることを感じ取っているんだろう。
それを知ってか知らずか、フランケンがクロに向かってへたくそな鳴き真似で「ワンワン!」と言うものだから、クロはますますウーウー唸り続ける。
「コラ! クロったらダメでしょう!」
すみれがリードをクイッと引っ張ると、クロは黙ったもののまだフランケンを睨んでいる。
「ごめんね」
すみれが謝る必要などまったくない。
こいつが犬じゃないってわかっているクロは、すごく賢いと思う。おまけに、その得体の知れないヤツから大好きなご主人様のすみれを守ろうとしているのだろう。
本物の黒柴って、なんて健気なんだ!
俺とすみれが肩を並べて歩き、フランケンとクロはそれぞれの外側を歩かせて距離を取ることにした。
「クロ、真っすぐ歩いて」
地面や植え込みの匂いを嗅いだりマーキングしたりと、ちょこまか動くクロをすみれがたしなめている。
俺は犬を飼った経験がないからよくわからないけど、きっとこれが本来の犬の散歩なのだろうと思う。さっきまではフランケンをまるっきり本物の犬みたいだと思っていたが、前言撤回だ。寄り道をまったくせず、ただ同じ速度で歩いているフランケンは、やはり異質だ。
すみれとあれこれしゃべりながら、広い公園をぐるっと小一時間散歩する。
話題はもちろん、事前になにを話すか入念に考えて用意しておいたものだ。時にはすみれのほうから話題を振ってくれて、気まずい沈黙など一切なく盛り上がった。
幸せだ。幸せすぎる。
大きな幸福感に浸りながら木陰のベンチに腰をおろす。ちょうど小腹が空いたタイミングだ。
トートバッグから天むすを取り出した。
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