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結局、電車に乗り遅れただけでなく大幅に遅刻し、ようやく高校に到着したのは2時間目の授業の途中だった。
担任には、駅前で飼い犬が車に轢かれたから遅刻すると電話で伝えてある。
本当は、あいつは飼い犬でもないし、犬ですらないのだが。
現代文の授業中だった教室に入り、おどけた仕草で頭を掻きながら席に着く。
教科書とノート、ペンケースを机に並べて授業に集中しようとしたが、何も耳に入ってこない。
俺はただひたすら、今朝自分の身に起こったことを思い返していた。
犬が車に轢かれた!と駅前の交差点が騒然となり、知らんぷりして逃げる訳にもいかなくなった。
通学鞄にはしっかり「TACHIBANA」と、橘高校の生徒だとわかるロゴが印字してある。
ヘタすると目撃者が、
「おたくの生徒さんが、犬を見殺しにしていましたよ」
と、高校に連絡する可能性だってあるわけだ。
ここは飼い主のフリをするしかなさそうだと判断した。
俺は、大げさなほどうろたえた演技をしながら黒柴に駆け寄った。
「ああぁぁぁっ! クロぉぉぉっ!!」
涙が出なかったのは勘弁してほしい。俺は俳優じゃないんだ。
天気が悪くて助かった。
いつもより薄暗いから、うつむていればギャラリーからは俺の表情までわからないだろう。
正直に白状すると、血がダラダラ流れるような光景は得意じゃない。
そしてありがたいことに、黒柴は血を流していなかった。
よかった……そう思いながら黒柴を抱き上げると、胴体が小刻みに震えている。
痙攣かと思ったら、今度はなにやらピーピー小さな機械音が聞こえた。明らかに黒柴の体内からだ。
思わず黒柴の胴体に耳を当てると、さらに大きく「ピーピー」とか「ウィーン」とか、機械の作動音が聞こえる。
こいつ、本当にAIだったのか。
そう思った直後、黒柴の目が黒く光り、おかしな方向に曲がっていた首と足が元通りになった。
――――!?
「ほらね! あたし、死ななかったでしょ!」
黒柴が舌を出し、尻尾を振りはじめた。
いやいやいや、さっき明らかに死んでただろ?
軽トラの運転手が慌てた様子で運転席から出てきた。
「すみません! いきなり犬が飛び出してきたもんだから、ブレーキが間に合わなくて……」
作業服姿の男性だ。
「こっちこそ、すみませんでした。クロは怪我ひとつなかったので大丈夫です!」
立ち上がり、黒柴の両脇を持って男性に見せる。
「しゃべるなよ、ややこしくなるから」
囁き声で耳打ちすると、黒柴はこくりと小さく頷いて尻尾を振り続けている。
軽トラの車体に傷はなく、黒柴も元気だ。
何も問題はなかったということで早くこの場を立ち去りたいというお互いの思惑が一致し、即解散となった。
別れ際に、もしも時間が経ってから何かあれば連絡してと名刺を渡される。
なんだか申し訳なく思いながら、黒柴を抱えて駅とは逆方向に駆け出した。
もう遅刻で構わない。一旦、家に帰ろう。
黒柴は嬉しそうな顔で俺に抱かれている。
「ねえ、カズキ。あたしの名前は、クロじゃなくてフランケンだよ」
知るかっ!
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