第6章 タイムリミット

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 小走りで向かったのに、すみれのほうがまた先に来ていた。クロもお利口におすわりしている。  昨日と違うのは、すみれが白いTシャツに七分丈パンツというシンプルな装いで、メガネをかけていることだ。 「お待たせ。すみれちゃん、メガネ珍しいね」  初めて見たかもしれない。なんにせよかわいい。   「わたしね、中学生まではメガネだったんだよ」  すみれが公園の中へと歩き出す。 「真面目だけが取り柄の、すごく地味な生徒だったの」  なんだ、俺と一緒か!? 「高校生になって、髪を切ってコンタクトにしたら、急に男の子から話しかけられるようになってね。だから、なんか勘違いしてたみたい。やっぱり見た目が一番大事なんだなって。かわい子ぶって相手の話に合わせておけば、みんな喜んでくれるって」  すみれが苦笑しながら俺を見る。  胸がズキッとした。  たしかにこれまでのすみれの言動は、かわいらしく笑って「うん、いいよ」とか「わたしも」とか、そういうのが多かった気がする。  そういう偶像を押し付けていたんだとしたら、すごく申し訳ない。  すみれが伏し目がちに続きを話す。 「だから昨日だってわたし、自分の服装のことしか考えてなかったの。でもね、朝比奈君はおむすびを作ってきてくてくれたし、フランちゃんと一緒に真面目な話をしたでしょう? 自分がすごく薄っぺらい人間に思えてきて情けなくなっちゃったの」 「すみれちゃんは全然薄っぺらくなんかねえし!」  すみれが、うふふっと笑う。 「朝比奈君は、カッコよくて人気者で、周りのこともよく見えてて優しくて。本当は好きだって言ってもらえてすごく嬉しかったんだけど、中身のない人間だってバレたらガッカリされるだろうなって思って、咄嗟にごめんなさいって言っちゃったの」    俺はすみれの手を握ると、近くのベンチまで引っ張っていき、座らせた。  そしてスマートフォンの画面を開いて中学の卒業式の写真を見せる。 「ほら、これが中学の俺。俺も陰キャだったのを高校でキャラチェンジしただけだよ。だから、すみれちゃんと一緒」  すみれは驚いた顔で液晶画面を見つめた後、ぽつりと言う。 「でもよく見ると、この中学生の朝比奈君もカッコいいよ?」 「なに言ってんの! それを言ったら、メガネのすみれちゃんだってかわいいよ」  目が合って、急に恥ずかしくなって顔が火照り始めた。 「ええっと……その説明をするために、クロの散歩に誘ってくれたってこと?」 「あ、それもあるけど、フランちゃんがいなくなって、朝比奈君が寂しがってるんじゃないかって思って……」  夕日のせいだろうか、すみれの顔も真っ赤だ。 「ほら、すみれちゃん優しいじゃん」 「そんなことないよ、朝比奈君の方が……」  ここでクロが飽きたようにクアッとあくびをし、前脚をつっぱって伸びをした。  いわゆる「犬も食わない」というやつをやってるんじゃないだろうか、俺たちは。  すみれと顔を合わせて笑うと、同時に立ち上がった。
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