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第2章 広沢すみれ
午前中の授業がまったく頭に入らないまま昼になった。
廊下側の自分の席に座ったまま、教卓のそばで仲のいい女子と談笑しているすみれの様子を眺める。
細くて白い首筋が見えるショートボブに、黒目がちで大きな双眸。勉強もよくできて、明るい笑顔でみんなを魅了する学年のアイドル的な存在だ。
彼女に一目惚れしたのは、高校の入学式の日。
たまたま同じ電車に乗り合わせて、なんてかわいい子なんだろうかと思った。
入学早々に行われた模試では、「ヒロサワ スミレ」という名前の生徒が学年トップだった。その後の定期テストも軒並み好成績をマークする才女が一目惚れの彼女だと知った時からずっと、俺の中ですみれは最上級の憧れの存在だ。
家が同じ沿線なのを利用して、毎朝同じ電車に乗っている。
2年生になって、すみれとクラスメイトになれたことは、ラッキーを通り越して神様のお導きだとすら思っていた。もうこれは、付き合うしかない運命だよな!って。
1年の頃から頑張って元気なおちゃらけキャラを装って正解だった。
クラスメイトとなってからは、毎朝電車でもじもじすることなく、ごく普通に「おはよう」と挨拶を交わしている。最初から「すみれちゃん」と呼ぶのは、さすがにかなりの勇気を要したが、すみれは嫌がるそぶりもなく受け入れてくれた。
さらに、その流れで電車を降りてから高校まで、そして教室まで一緒に行く。
毎晩寝る前には、明日はどんな話題で盛り上げようかと考える準備も怠らない。
「あいつらって、付き合ってんの?」
なんて声もちらほら聞こえ始めているってのに……誰だよ! すみれちゃんを横取りするヤツはっ!
ここまで考えて、ようやくフランケンに大事な情報を聞き忘れたことに気付いた。
すみれちゃんの彼氏って、誰だったんだ?
ライバルが多すぎてわからない。
廊下側の席から妙な殺気を放ってしまったのかもしれない。
すみれがくるりとこちらを振り返ると、近づいてきた。
「朝比奈君、どうしたの? 怖い顔して」
鈴が鳴るような声で笑うすみれを見て、泣きそうになった。
すみれがスッと神妙な顔をする。
「ごめん、今朝ね、朝比奈君と電車で会えなかったし学校にも来てなかったでしょ。だから先生に聞いたら、犬が事故に遭ったって……それなのに不謹慎でごめんね」
なに言ってんだよ、すみれちゃん。嬉しいぜ、声かけてくれて!
他の男と付き合うなんて言わないでくれ。
「そうなんだ、犬が車に轢かれてさ」
すみれが大きな目をさらに大きく見開いて両手で口を覆う。きっと、凄惨な場面を想像してしまったのだろう。
「あ! でも大丈夫。かすり傷ひとつなかったんだ」
「なんだぁ、びっくりした。死んじゃったのかと思った」
すみれが安心したように肩の力を抜いて顔を綻ばせた。
いや、本当は1回死んでたけどな。
まあそれは、秘密にしておこう。
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