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第1章 黒柴フランケン
「ヤベ、雨かよ」
曇天からポツリポツリと雨粒が落ちてきた。
ここで引き返すと、いつもの電車に間に合わなくなる。
家を出る時にキッチンの方から、
「傘、持っていきなさいよー」
と、母さんの声が聞こえていたのに無視したのが仇になった。徐々に勢いを増す雨脚に舌打ちして、駅に向かって駆けだした。
ハッハッと軽く息を弾ませながら、駅の手前の横断歩道で立ち止まる。
制服のブレザーは濡れてしまったが、教室でイスに掛けておけばすぐに乾くだろう。
信号が青に変わったらダッシュ……そう思ってつま先に力を入れようとした時、視界の端から黒い何かが飛んできた。
「うわぁっ!」
黒いかたまりが俺の体に激突した衝撃でよろめいたが、どうにか尻もちをつくのは免れた。
体勢を立て直し、その正体を確認してギョッとする。
どういうことだ、右腕に黒柴がしがみついている。
額から目の周りまでは黒毛、口の周りは白くて麿眉の柴犬だ。ぬいぐるみにしてはやけに重いし、舌をペロっと出して呼吸もしている。
どう見ても本物の黒柴に見えるんだが?
首根っこを掴んで引きはがそうと左手を伸ばした時だった。
「カズキ!」
「へっ?」
「朝比奈一樹君だよね?」
「…………」
なぜか黒柴が人間の言葉をしゃべっている。甲高い、女の子のような声だ。
夢でも見ているのか?
「いいえ、人違いです!」
今度こそ首根っこを掴んで引きはがす。
たしかに俺は朝比奈一樹だが、こんな訳の分からない黒柴に関わっている場合ではない。
信号が赤になったじゃねーか。もたもたしていたら電車に乗り遅れる。
「そんなはずないでしょ! カズキだよね?」
尚も言いつのる黒柴の鼻づらを掴んで黙らせた。
通行人たちが「AIロボット犬か?」とこっちを指さしてヒソヒソ話しているのが聞こえる。
見知らぬAIロボットがいきなり飛びついてきて名前を言い当てるなんて、そんな機能があんのか!?
それとも、誰かが俺に嫌がらせをしようと……いやいやいや、それは勘繰りすぎだろう。
本当はこいつをアスファルトにビタンと投げつけてやりたい気分だが、動物虐待をしている高校生がいると通報されても困る。通勤通学時間帯の駅前は人が多いから、妙な勘違いをされかねない。
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