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「ゲリラライブ……ね…」
上げた手や後頭部が影のように揺らめくタブレットの画面をコンコンと叩いて、呆れたように細めた目がチロリと動いた。
言い訳は無いから何も言えずにスッと視線だけを外した。
「私達は野菜を売ってお金を稼いでるんじゃ無いんですよ?わかってますか?うちの商品が何か」
腰に手を当てて憤慨しているのはギガックスの営業である柏木くんだ。
朝一番にギガックスの事務所に呼び出さたと思ったらいきなりのお説教を喰らい、何のことか分からず呆けていたらネットの中で起こっている騒動の説明をされた。
……とても事務的に。
「わかってるけど……」
「では、エデンの社長が契約金を払う訳は?どうしてだと思いますか?3期目はかなりの額ですよ?」
それは本人がまかり知らぬ所で大人の駆け引きがあったからだろう。額は知らない、貰った自覚もない。
「聞いてますか?」
「え?…うん……え?」
これ以上の説教なんか聞きたく無いから「外に出る時は掛けろ」と強要されたサングラスを鼻に乗せた。
「どうやらわかってないみたいですね」
「わかってる……」……多分
「わかってない!見てくださいこの店の親父を!
勝手に「各種」の動画を集めて店で流してますよ、RENが来た店だって宣伝してます、RENの名前を使って商売してます、回収したくても出来ないんですよ、こんな事を言いたく無いんですけど私も叱られましたからね」
何故見てないのかと怒られたって。
うん。理不尽だね。
そりゃ小言だって漏れるよ。
柏木さんはRENのマネージメントを担当してるけどテレビに出ているようなタレントに付いてる専属のマネージャーでは無いのだ、だから「プロ」の真似をしろと言っても無理だろう
法律がどうなっているのかは知らないが、店の中での映像権は店にあるとか何とかで店内で使うなら文句は言えないのだとか何とか…。
ギガックスの立場はわかるがどんなに怒られても、もう自分ではどうしようも無いと思う。
口答えはせずに「ごめんなさい」だけで押し切る作戦に切り替えた。
何だろうこの納得出来ない気持ちは。
仕事…と言っていいのだろうか。
よくわかってないけどRENのセールスは順調らしい。
ギガックスレーベルで出したシングル4曲とアルバムは多少売れているのだとしても、それはどこか知らない所で知らない間に進んだ出来事に感じている。しかし、会社を担うクリスの為にも、自分達の持っているもの全てをRENに捧げてくれる黒江や日暮の為にも順調なら良かったと思う。
思うけど相変わらず蓮自身にはどうでもいい事だった。
いつものように地味にゼミで過ごして地味に発表のチームに参加してるのに地味に無視をされて傍観者になってたりした。そんな風に地味に大学へ通い過ごしているだけだ。
その筈だった。
しかし、エデンのプロモーション第二弾ではムービーに少しばかりのストーリー仕立てがあった為(歌いながら歩いただけなのに)、これくらいなら出来る、あれぐらいならと、微妙に「やらされる」事の難度が上がって来た。
普通に生活をしよう、普通に振る舞おう、そんな風に頑張ってなるべく「音」を排斥してきた筈なのに今は音に溺れる事を推奨される。
近頃は歌と音に塗れ過ぎて現実との境目があやふやになっているような気さえする、音の圧に押されて息苦しいとさえ思う事がある。
だからかな?
クリスが音楽とは何も関係無い人だったら良かったのにと思ってしまう。
クリスが好きな事もクリスに好かれていると実感する事も変わりないけど、クリスはRENの管理者でもある。
出来うる限りではあるが仕事に出れば付いてくるし、同じ家に帰るし、卒業した筈の大学にもいるし、外で1人のつもりでもクリスがいる。
治らないかな?あの悪癖。
馬鹿みたいに忙しいくせにどうやって時間を作るのか不思議でしょうがない。
音楽の圧よりクリスの圧に溺れてると言っていいと思う。
そんな現状から少しだけ逃げたくて、少しだけ不可解な圧から解放されたくて逃げた先はカラオケ屋だった。
真城の「使い方」を覚えたって言えば怒られるかな?「逃げる」とLINEをすればカラオケの部屋を取ってくれるようになった。
逃げた先がまた音楽なんて本末転倒だがやっぱり歌うと気持ちがいいのだ。
そうして回を重ねるうち、ムカついた時に1人でもカラオケに行けるようになっていた。
だから件の問題になっているあの時、「カラオケ」と書いた看板しか見えてなかってのだと思う。
何にムカついてたかを言えば、その日の昼に夜10時からの音楽番組に「出演してもらう」と柏木さんから連絡を貰った。
何故「出演してもらう」なのか。
他にも出演者がいるのは勿論、ひな壇に座って歌う順番を待つとか30秒から1分程のトークもある?そこは「出演しない?」とか「出来るか?」と聞いて欲しかった。
ライブは昨年に大失態を犯した野外フェス以来一度も出来ていないのに、テレビに出て歌え?トーク?ひな壇?馬鹿を言わないで欲しい。
この案件はやるかやらないかのレベルをこえて出来るか出来ないかの話だろう、即座に嫌だと言ったら柏木の答えは「蓮さんはプロでしょう」と素っ気ない。
じゃあ辞めると言ってしまいたい。
自分の言いたい事を理路整然と話せるなら屁理屈を捏ねてでも断るのに、残念ながらプロダクションを説得できるようなカッコいい語彙が無い。
何よりもムカついたのはクリスだ。
いつもいつもいつもそれで隠れているつもりなのかと笑えるくらい発光しつつ付け回して来るくせして無理を承知のゴリ押しをする時には消えている。
「蓮が嫌がったら可哀想になるから」って、それはつまりやりたくなくても、出来なくてもやれって事だ。
では可哀想な所を全開にしてやるつもりでクリスに連絡を取ったら「失敗は出来ないね」と、まるで他人事のように笑った。
そりゃクリスがやるわけじゃないけど。
手助けをしようにも何も出来ないのだから仕方がないってわかってるけど。
クリスにとっては仕事で、重い重い責任を負っているとわかっているけど、全てを理解してくれていると思い込んでいたからか、わかってくれてないって事に腹が立った。
積極的に選んだ道では無いって事に甘えてる自分にも嫌気が差す。走るスピードに追い付けない、聞こえて来る言葉がとても遠くて理解する前に背中を押されて足元がよく見えない。
どこを歩いているかも考えずに歩いて、そこがどんな場所かも考えずに、目についた「カラオケ」の看板に飛び付いて、変だな?と思いつつも溜まった鬱憤をぶつけていたら突然「ギターが下手だな」って思った。
そしたら沢山の知らない顔に囲まれている事に気が付いた。
カラオケの良いところは1人か、もしくは真城しかいないって事なのに何してるんだか自分でも呆れた。
当然だけど慌てて逃げて、逃げたのに………これだ。
「あの…柏木さん、クリスは?」
「社長は挨拶回りと打ち合わせに出ていらっしゃいます、言伝を預かっていますよ」
「見つからないように俺をつけ回すって?」
「違います、今日は事務所から出ないようにとの事です」
「え?でも大学があるんだけど……」
在籍しているだけのゼミではもうすぐ何かの発表会があるのだ。みんなは休みを潰して山に入り、ドローンを飛ばして沢山のデータを取っていたのに何もしてない。
大学は行ってたよ?ゼミにもいた、いたけど後ろの方でみんなの話を聞いていただけで、検証にも山にも誘われてない。
サーモ何たらのデータ化に掛かったお金は出したけど、何かできる事をしなければと、せめてレジェメを纏めるぐらいはしようと思っていた。
「レジェメを纏めるならここで出来るでしょう」
パソコンもあれば紙もある。
柏木らしい割り切り方だがそれはちょっと違う。
「作るのは……配布物のコピーだから…」
「はい?何ですかそれ、つまり「纏める」とは物理の話なんですね?つまりのつまり誰でも出来ます、蓮さんは蓮さんにしか出来ないことが山ほどあるでしよう、とにかく夕方までここにいてもらいます、7時「ピッタリ!」…に社長が迎えに来るから動かないようにとの事です」
「……ピッタリが強いですね」
「本人と会うより噂を耳にする機会の方が多い業界ですので、30分前行動の末、待機してでも時間だけは守ります」
「……そうですか」
食べ物は差し入れるからスタジオで歌の練習をしてろと言われても同じメロディ同じ歌詞、キッチリ型に嵌める作業は楽しくない。
その上事務所の片隅に据えられた「スタジオ」はまるで喫煙所みたいに狭くて息苦しいから嫌いだった。
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