ダンス完成

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ダンス完成

「まさか俺達を基準にして比べている?」 そう言って笑ったのはエガシこと江頭だ。 「蓮が悲観するほど悪くないよ」 にやにやしながらも褒めてくれたのはタツトこと真山、知らぬ間に2人とどんどん仲良くなる真城がそう呼ぶからそうなった。 紆余曲折を経てやっと商品である自分を受け入れた夜から3ヶ月が経っていた。 何とか振り付けは習得出来たし、間奏後の歌ももう普通に歌える。 一塊が言った通り、手足の事を考えなくても音に合わせて振り付けが出てくるまでにはなっているがどうしても後ろの2人程のキレは出ないままだ。 実はクラブライブの話が一気に進んだ。 クリスは嫌がったけどイベントの企画を任せるプロモーターは桧垣原にしてもらった。 どうせ誰かに頼むなら早い者勝ちであるべきだと主張したら渋々だけど飲んでくれたのだ。 その選択は間違いでは無かった。 まだまだ経験が足りないか、もしくは新しいコンテンツにはついて来てないギガックスのスタッフを横目に桧垣原の行動は早いのなんの、光の速さで箱を決め、料金を決め、小規模な事情からどうしても少なくなってしまう実入を増やす為にエデンを巻き込む事でスポンサー料金をもぎ取って来た。 他にも飲料メーカーや、どうやらRENとのコラボを希望しているらしいスニーカーのブランドもスポンサーに加わり会場に光る看板を出すらしい。そしてチケットはオリジナルのタオルになっている、つまりライブのチケットにタオルを上乗せする形で料金を釣り上げたと……しかも桧垣原が手配したのは「懇意」の業者らしいけど。 誰からでもどこからでも取れるだけ取る! そんな桧垣原のやり方は「ガメツイ」手前の手法ばかりだが、クリスを含むギガックスのスタッフは勉強になったと思う。 そしてテレビでのお披露目前に新曲のプレビューを兼ねたライブはもう始まっていた。 だって箱はクラブだからね。 本番は7時半からだけど夕方の6時半から店を開けてお客さんが入っているのだ。 「緊張したり変なゾーンに入ったりもしてないな」 今日は逃げる場所が無いから気を付けろよと真城が笑った。 「ゾーンって……ライブ前の俺ってそんなに変かな?」 「変だぞ?学祭の時は心ここに在らずって感じでぶっ飛んでし野外ライブの時はプログラムとセトリを守る為に緊張してガチガチになってた」 「…そう…」 なんだかんだで付き添ってくれる真城はそこにいてくれるだけで元気を貰える。 今日もバイトを休んで見に来てくれたのだ。 BARで鉄板焼きを奢ってくれた「お客さん」にもチケットを用意した、来てるかどうかはわからないけど、見てくれたらいいなと思う。 「今日はテキトーでいいって黒江さんに言われたからね、EDMバージョンにする為の編曲はめちゃくちゃ楽しそうだったよ」 「音大出のマルチめ、まあ蓮もマルチだよな、世間は変調の天才って言ってるけど蓮はブレスの天才だと思ってる、どこでも切れるなんておかしぞお前」 「そこな、どうやんの?って真城は聞くけど息継ぎなんて考えた事もないからわかんない」 「もう拝むよ」 「蓮様」と手を合わせた真城の後ろでドアが開いた。入って来たのはクリスだったが、真城の顔を見た途端にクワッっと髪を逆立てた。 「…俺は…会場に入った方が…良さそう?」 「じゃあ俺も」「俺も」と各種のテロ被害者達が控室に借りているクラブ経営者の個室を出て行った。 「無差別の威圧はやめない?」 「僕は何も言ってないよ、ただ害虫が3人揃ってるなぁと思っただけだし」 「前から聞きたかったんだけど真城が何かした?」 「…レンノスベテガホシイって…」 「え?」 「マシロガスベテって蓮が…」 「え?え?」 何だその上目遣いのボソボソ喋りは。 余程後ろめたい何かがあるらしい。 「何てったの?ちゃんと喋ってよ、聞き取れないだろ」 「何でもない、蓮と仲がいいからムカつくだけだよ、さあ、もうすぐ7時半になる、僕は鼻に詰め物をして見てるからね」 「そこまでするならそこにあるモニターで…」 「見てるからね」 まだ言い足りないのか、もう一度「見てるから」と言ったクリスは見えないのに会場の方を指で差した。 「わかったから」  「右側の桟敷の上段だよ、エデンの社長と一緒にいるから絶対にこっち見てね、手を振ってね、こっちばかりを見てね」 「……懲りてないね」 「当たり前だ」 プロのカメラが3台も入ってるのにスマホを掲げて撮る気満々のクリスは相変わらずだ。 それでもね、ライブ前に開幕が待ち遠しくてウキウキした気持ちになるのは初めてなのだ。 それもこれもRENを後押ししてくれるスタッフのおかげと言える。 取り敢えずはクリスにだけ感謝の意を表して軽いキスをしておいた。 そしたら何故かオロオロしたり無意味に手をバタバタしたりする。 「興奮してる?」 「してるよ、緊張もしてる、楽しみで死にそう、ああ…何だか今日はRENと蓮が混じってるね、どうしよう…もう鼻血が出て来そうだ」 「見逃したら許さないからね」 「出血多量で危篤になっても桟敷を離れないよ」 「……出さない努力をしたら?メンタルの安定は鍛えられる技術なんでしょ」 「……蓮に関する事では無理…」 「わかったから」 可笑しい程浮き足立ったクリスを楽屋から追い出した。今日は最初から最後まで緩急は無いのだ、柏木は目を目がけて赤いレーザーを当てるからそのタイミングで必ず水を飲めと5回も注意した。 RENのライブはギガックスのスタッフに取っては楽しむ余裕など無いらしい。 当人としてはごめんなさいとしか言えない。 「蓮さん」 ドアから顔だけ出した桧垣原が顎を振った。 来いって意味だ。 始まるのだ、饗宴のライブが。 ブルッと足が震えた。 床から壁から伝わってくるEDM独特のリズムが心を揺さぶり益々昂まってくる。 クラブのバックヤードはフタッフ用だから廊下は迷路みたいに細長い。 更衣室らしいドアを過ぎると点滅するカラフルなライトが目に入る。 さあ行くぞと気合いを入れた。
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