エピローグ

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エピローグ

黒江のように大きな氷の入った洋酒をカッコよく飲んでみたい……と蓮が言ったので一番安いウイスキーをロックで出してみた。 ハッキリ言って悪いがカッコよくもなければまるで似合ってない。 やはりと言うか当然と言うか、洋酒なんて飲んだ事ない蓮は少しだけ舐めた後、飲めないままグラスを握って温めていた。 そして蓮の隣りにはまだ泣いている「課長」が座っていた。 課長は先日鉄板焼きを奢ってくれたBARの常連さんなのだが、名前を聞くと「課長」で、と笑った粋な人だ。 偶然店に居合わせただけの縁で参加できたRENの「伝説のライブvol.2」にいたく感激したらしく、ありがとうを繰り返すうちに泣き出した。 当たり前だが放置をしている。 ━━固定席のあるライブなんかもう古い、とでも言いたげに叩き付けられたRENからの挑戦状 ━━狂乱の新世界、1時間半の中で与えられた休息は5分 「……うがってるな…蓮は何も考えてないのに深読みしてる論調が笑える」 「……休み…とか…考えるもんなんだ」 「まあな…MC入れたりバラード入れたり緩急は考えるよ」 「バラード入れた……じゃん」 「ああ、アレな。蓮には片想いの相手がいるって記事になってたな」 「………深い…意味は無いんだけど…」 「………でしょうね、知ってるよ、それにしても無事に終わって良かったな、あの混沌とした状況で怪我人が出なかったのは奇跡かもな」 「真城はセンター柵の右側にいたね、大丈夫だった?」 「見えてたのか?めっちゃ入り込んでたからまた暴れたりしないかハラハラしてたんだぞ」 「うん、何か不思議だった、暗いし普通のライブ会場には無い派手なライトが点滅してたのに全部が浮かび上がったみたいにくっきりと見えてさ、道ですれ違ったらわかるくらい一人一人の顔を覚えてる」 「……ハイパートランスって異能も発揮出来るのか?どうやんの?」 「……だから……カァ〜っとなって…ふわ〜っとなって…」 「それはもういいから」 「じゃあ聞くな」 「……全く…」 箱が破裂しそうな程に盛り上がり最高潮だったフィニッシュ間際、蓮は歌いながら舞台を降りて来た。そこまでなら良かったのだが、学祭の時のようなちゃちでは無い重い柵をどかしてしまった。 何の連携だと今なら笑えるけど観客が協力して手から手と受け渡され、一部だが嘘みたいに境界が無くなった。 雪崩れ込む客に紛れて揉みくちゃになりながら踊って歌って、壊れたみたいに頭を振ってるのに声がブレてない所は凄いのだが、ガード代わりに蓮を囲った江頭や真山は雰囲気に合わせて踊りながらも冷や汗をかいていたと聞いた。 会場と観客と演者の全てに責任を持つプロモーター側は予定に無い行動を取った蓮にさぞや慌てただろう。深く同情する。 「満足した?」 「イキそうだった」 「それって……」 そこ?と股間を指を差すとライブに戻ったような顔で「うん」と答えた。 「それであの顔かぁ…」 「え?変な顔だった?」 「そうだな、まるで集団レイプか公開エッチをしているみたいだった」 「……それ…恥ずかしいやつ?」 「おお、めっちゃエロかったぞ、どうせ見ていた全員がまともじゃ無かったからいいんじゃない?18禁は正解だったと思う」 それはただライブの感想を話していただけだったのだが間が悪かった。「誰がエロいって?」と怒声が聞こえたかと思えば怒りの笑顔を装備した顔だけはいい例のあの人が大股でズカズカと店に入って来た。「ユレルオチンチンガミタイトオモッテイルノダロウガドンナニツケマワシテモオマエガミルコトハイッショウナイ…」 そんなにボソボソと早口で言われても聞こえない。 意味不明の妄想言語がまだまだ続いているがどうやら聞かなくてもいいらしい。まるで可憐な彼女を間男から守るようにズシンと蓮の横に座った。 「いらっしゃい」じゃ無いだろ蓮。 しかし、こっちは一応仕事だ。 「お久しぶりです栗栖さん、何か飲みますか?」 「飲むけど、え?何これ?うわ、何これ、強い酒を蓮に飲ませてどうしようと?」 蓮の手にあるロックグラスを見ただけで何も聞かずに噛み付かれた。 毎回毎回どうしてこうなるのだ。 頼むからもう俺のバイト先を待ち合わせに使わないで欲しい。 「益々遠慮が無くなったというか、パワーアップしてると言うか」 「え?クリスは初めて会った頃から何も変わらないよ?キレる所を間違うのは昔っからだと思う」 「そうなの?まあ流しとけばいいって学んだから何でもいいけど」 何故当たりが強いのかは永遠に謎のままだろうが、よく考えたら物理的な被害がある訳ではないのだ。今も目だけでロックオンされ、聞こえるか聞こえないかの音量で呪いの言葉を吐いているが放っておけばいいみたいだ。 おかしな振る舞いを隠そうともしないせいで栗栖がイケメンに見えなくなって来たけど。 蓮もソフト無視を決め込んでいるらしいからそれでいい。 「あのさ、栗栖さんがいるからちょうどいいんだけど蓮に頼がある、いい?」 「ナカミニヨル」 栗栖の同席を確認したって事はRENに纏わる頼み事だって推測出来るだろう。小さな声で呟いたりしなくてもいいと思う。 「頼み事って何?」 「ああ、うん。あのさ、エビバテニャンニャー、デッデ、デーデデッデッ…って曲、わかるだろ?」 古い洋曲だが恐らく誰もが聞いた事があると思う。マスターは「ああ」と頷き、課長も知っているらしい。しかし肝心の蓮は「ん?」と首を傾げた。 「ほら、エビバデニャンニャー!って曲だよ」 「ニャンニャー…って歌詞?」 「違うけど」 そこで口を挟んだのはクリスだ。さすがに音楽のプロダクションを経営するだけの勉強はしているらしい。 多分助ける気など微塵も無いがほぼ反射的に「ゴナメイクスイート」と呟いた。 「そう!それ、ほらエビバテダンナーってやつ」 「ああ、everybody dance now〜♪?」 「うん、蓮は耳がいいから相変わらず発音が完璧、でさ、エビバテ〜な感じでテキトーにカッコよく「OK、bring it on」って叫んでくれない?」 「え?真城の発音じゃわかんないよ」 「……仕方ないな」 スマホの辞書にスペルを打って蓮の耳に当てた。 するとまた「ん?」と首を傾けて「もう一回」と言った。 「スマホ辞書の音は早いからな」 「これ、よっしゃかかって来いって意味でいいの?」 「そう!だからそんな感じで」 「いいけどコードは?テンポは?」 「本当にテキトーでいい、何種類か撮るから言い方を変えてよ」 「声」を売り物にしている蓮に声をくれと言うのは禁忌の技だ。それがわかっているから栗栖の前で頼んだのだが「チカズクナ」って的外れな文句を小声で呟くだけだ。 ちょっと前の喧嘩が響いてるのだと思う。 蓮に嫌われたく無いのだ。 「いい気味…」 「え?何が?」 「何でも無い、いくぞ、撮るからな」 「OK、bring it on」 いいけど、いい感じだけどまだ撮ってないから。 慌てて動画のボタンを押すと立ち上がって「OK、かかって来いよ」と芝居がかった手真似をする。 本当に蓮はコミュニケーションのバランスがおかしい。軽い挨拶ひとつにオドオドして口籠るくせにメロディ付けも無いまま唐突に歌えと言ったら簡単に乗ってくる。 「もっと好戦的に」 「OK、bring it on!」 「マックスも頼む」 「OK、bring it on」「OK、bring it on」 ああ、課長がまた泣いてるよ。 そりゃそうか、静かに一人飲みをしたい時に来るような地味なBARで蓮の生声を聞いているのだ。 課長はかなり持っている人なのだと思う。 それにしても、色々なバージョンの「OK、bring it on」を聞いていると尽きない湧水を連想させた。どれでも使えそうなところが返って迷いになるかもしれない。 「もういい?」 「うん、ありがと助かるよ」 「それ何にするの?」 「オカズダロ」って。 無いわ。もういいから黙って睨んでいろ。 「今度応募するアニメの主題歌公募に使うんだけど……いいかな?」 「いいけどスマホで撮ったものなんか音質は最低じゃ無い?」 「イコライザーを掛けたみたいに曇ってザラザラしてた方がいいんだよ、スノーノイズの雑音から入るしな、ストーリーの世界観もそんな感じだし」 しかも今度は週刊連載のアニメ化だ、万が一の可能性しか無いけどもし取れたら必ずヒットする。 「蓮の声だってオフィシャルでは言わないからな、……こっそりリークはするけど」 「何でそんな面倒な事を、俺はいいのに」 「ライブにRENが来る期待させたらまずいだろ、遊びで撮ったもんを使ったってファンが食い付きそうなオフのエピソードっぽい匂いをさせる、俺はな、実力とかクオリティでRENに勝つのは無理だと悟ったんだ、だからクソせこい事だって卑怯な裏技だってガンガン使う、そう決めた」 自己満足だと言われそうだがオリジナルの楽曲は悪く無いのだ。ただRENのように誰もが振り向くような華がない、それなら造花でいいから華を作る。 「ずるいって言いたきゃ言えよ」 「言わないよ、頑張って」 「その公募にRENも応募してやる」 「……え?…」 「OK、bring it on」と綺麗な発音で不穏な事を言い放ち、挑発に相応しく中指を立てた栗栖が物凄く悪そうな顔でニヤリと笑った。 「RENも……公募に?」 「今決めた即決めた」 「やめろ馬鹿、嘘嘘、真城、クリスの言った事は嘘だからね」 パーツモデルが出来そうな長い指を抑え込むように掴んだ蓮がぎゅうっと後ろに折り曲げながら「嘘」を繰り返した。 冗談であって欲しいが冗談では無い。 例え奇跡が起こって曲で勝てたとしても話題性では勝ち目が無い。 「本気……じゃ無いですよね」 「嘘だったら!そんな暇ないから、ねえクリス」 「痛い痛い痛い、蓮!指が折れたら困るのは蓮だろ、中指大事だよ?何たって一番長いから…痛い!蓮!」 「………折ってもいいらしいからね」 「折っちゃえば?」 思えばどこでも誰がいてもお構いなしにイチャつくこの2人には随分と振り回されて来た。 蓮の存在を無しにすれば栗栖はどう見ても同性愛者では無いし、男もたじろぐ変な色気を持っているとは言え、友達の観点から言わせてもらえば蓮もまだ少年が抜けてない普通の男だと思える。 途中で別れたりもしたが知らない間にまたくっ付いてるのだからまたきっと繰り返すのだろう。 いいカップルだと思う。 蓮が一連の流れを全部聞いた事を栗栖は知らない筈だ。 だからどうしても直接言えないありがとうを込めた蓮の拙い言葉を象った即興バラードがたった1人に向いていた事をわかってないと思う。 ……腹黒い栗栖の事だから全てをわかっているかもしれないけど。 「次に別れると言い出したら応援してやろっと…」 それでも馬鹿みたいに必死な2人を見ていくのだろうなと思う。 RENのいく先と共に。 おしまい。
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