真城ナウ

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真城ナウ

「あの、藤川は?今日はゼミに出てるって聞いたんですけど」 真城の問いは唯の出欠確認だった筈なのにどうやら存在の確認をしたようだ、扉の向こうの反応が鈍い。お互いに顔を見合わせ「藤川」って誰?という声の無い声が聞こえた。 蓮に会えないかと連絡したら「ゼミに顔をだす」と返ってきた。 スマホの画面を手繰り、もう一度日時を確認したらやはり間違いは無い。そして蓮がこのゼミに参加しているのも間違いは無い筈だった。 「あの…」 言葉を継ごうとすると奥にいた修士っぽい学生が「もしかしてあのほぼ顔を出さない幽霊みたいな奴か?」と聞いた。 うん。幽霊とくれば蓮だろう。 「多分そうですけど」 「あいつは来てないよ」 今日もな、と笑う。 今をときめくシンガーソングライターが同じ研究室にいる事を知らないなんてどうかと思うが別に変な話じゃ無い。 ゼミのメンバーが世の中を騒がしている「REN」を知らないって事はないだろう。クリスとの関係を上手く利用してまんまとRENを手に入れたギガックスは徹底したメディア戦略で売り出しているのだ。 露出が少ない割にガッチリと売れている上級ミュージシャンのようになりたいだろう黒江あたりはいい顔をしてないだろうが契約した以上はプロダクションがボスだ、任せるしか無い。 その為、街を歩けば、SNSを開けば、テレビを見ればRENの歌が流れている、余程で無ければRENを知らないなんて有り得ない。 その上で同じ大学に通ってるって事だって承知の上なのに蓮本人を知らないでも意外って程では無いのだ。 何故なら大学には万の学生がいて同じキャンパスに通う学生だって1000人以上いるのだから蓮がRENだと気が付かないって事は十分にあり得る。 ……あり得るが。 同じゼミだぞ? 確かに、RENのファーストアルバムが出て少し経った頃から大学では蓮の姿を見かけなくなった。 忙しいってのもあるがプロダクション側が(つまりクリスが)様々なトラブルに警戒を強めて必要最低限しか登校しないよう調整していたらしい。 ああ見えて蓮はキッチリと単位を揃えていたから出なければならない講義も少なかったんだけどな。 しかし、RENとしてでは無くても一般の学生としても同じゼミ、つまりクラスメイトなのに「藤川」に無反応なんてさすがの透明っぷりには笑えてくる。 時折見せるあの威圧するようなオーラをどこに隠すのか不思議でならない。蓮は所謂二重人格という奴なのでは無いかとさえ思う。 まぁ、蓮の99%は唯のボンクラだから仕方がないか、何か意見を言いたくても言えないままオロオロしている姿が目に見えるようで笑える。 つい、緩んでしまった頬を誤魔化して社交辞令の微笑みに変えた。 「来てないならいいです、邪魔をしてすいませんでした」   いいよと笑ったそいつの腕にはエデンの腕時計が見切れている。 お前の隣にRENの蓮がいるのになって鼻で笑ってしまう。仲良くなれば生歌だって聞けたかもしれないのに馬鹿な奴らだと思う。 それにしてもこのところの蓮を捕まえるのは中々難しい。大学にはそれなりに来ているようなのだが其々が其々のゼミに収まるとわざわざ連絡を取って会う約束でもしないと顔も見れないのだ。 いや……別に密に会いたいって訳じゃない。 今日はちょっと特別だった。 もう既に4曲もカラオケのラインナップに乗ったRENの歌を練習して、練習して何とかモノになった頃、音や旋律に振り回されていた時には気付かなかった別のもっと大事な収穫を得たのだ。 それは蓮の作曲や歌唱力に隠れがちだが黒江の凄さが垣間見えた事だ。 RENの曲はどれも「プロっぽい」 もうプロなのだから当たり前だと言えばそうなのだが、プロの中に置いても高級感があると言うかそつが無いと言うか、簡単なワードを使えば完成度が高いのだ。 それを深く追求したら他にも色々あり過ぎるから自分達には何もかもが足りないのだとわかるが、まず取り組むべきは演奏のレベルアップだった。 だからなるべくメンバーを揃え其々の楽器でRENの曲を耳コピしてひたすら弾いた。 レンタルスタジオは高いから主にカラオケの部屋だったけど。 そこに時たま蓮が混じって演歌とか歌う横でもメンバー達は脇目も振らず演奏するからもうめちゃくちゃだった。そんな中で黒江達の指導を取り付けられたのはラッキーだったと思う。 RENの音源はベースは勿論ギターもキーボードもバイオリンも効果音も全部黒江と日暮さんなんだって、音大出のエリートめ 目指したのは歌無しのインストだけでも聞かせる事が出来るレベルだ。先生を演じるつもりはない黒江達に鼻白むくらい馬鹿にされながらも通い詰め、時には家まで押し掛け基本に戻った練習方法を叩き込まれた。結果、自分達でも驚くくらい楽曲に深みも出た。でもプライドはズタズタ、指はズル剥け、某蓮付きの部外者からの罵倒付き。 まあ、蓮はいてもいなくても同じだからいいけどいちいち栗栖がくっ付いて来なければもっと楽しかったのに、とも思う。 実はRENの出した4曲目、エデンとのタイアップ以外で出した初めての曲はこれまでと少し違ってかなり「レベルを落とした」楽曲だった。 音域が狭い、迷う背中を押し出すような具体的で前向きな歌詞、耳付きが良く音が少ないサビ。 RENの曲は完成度が高い一方で玄人向けのような印象が強かったのだが、ここに来て突然大衆ウケを狙ったザJ-POPに仕上がっていた。 勿論だが、いざ歌ってみると相変わらず変調は激しいし、一部のBメロでは詰め込めるだけの言葉を詰め込んでその中で急激な高低差をぶっ込んで来るのだ、そこをクリア出来たら早口言葉を制覇した達成感を味わってしまうという罠もある。 いい曲だと思った。 さすがだとも思った。 しかし、それと同時にゾ〜ッと背中が寒くなる程の恐怖を味わった。 作曲の出来不出来ではない。 恐らくだが、大衆ウケを推したのはプロダクションだろうが、今まで見えていた蓮でさえ遠くてとても敵わないと思っていたのに、それはほんの一部だけだと突きつけられた。 「わかりやすい曲」を作ろうと思えば簡単にできるものなのか?どれだけ奥が深いのか一体に何をどれだけ隠し持っているのか。 主だった主力アーティスト達は小さな産みの苦しみ一つなく、狙ったターゲットに狙った曲調を作っているように見えるが、それは誰しもがもがき苦しんで生み出しているものだ。 先を走る蓮を追いかけているつもりだった。 頑張れば追い付ける日が来るのだと信じていた。 しかし、全く背中が見えない、足跡さえ見つけられない。レベルの差があり過ぎる。 この所はRENばかり追いかけていたから気が付いていないだけで、そこここから聞こえるあらゆるプロ達みんなが恐ろしくなった。 しかし、追い付く事を諦めたりはしない。 メンバー達も皆目の色を変えて其々のレベルアップに勤しんでいる。 そんな中、初めて通ったライジングスターのチャンネルで今日の周回で視聴数が今週のトップになったのだ。どうしても蓮に直接報告したかった。 「あいつは……どうせ……絶対に気にも掛けてないからな」 自分が何をやっているかもわかっていないのだから。
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