第十三話 二人目の来店者

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 私・双葉葵は、呆然としている千茅の前に立ちはだかる。 「これでわかった? アンタのやってることは間違ってる。さっさと帰って」  千茅の目の焦点が、私に合う。  ウチに来た時から変わらない、意志を取り払われた人形の目。私はキライだ。 「……使用人の分際で、出過ぎた真似をいたしました。申し訳ございません」  千茅は私に頭を下げ、くるりと背を向ける。 「待って!」  私は思わず引き止めた。 「でもこれだけは言わせて。私はアンタを使用人だとは思ってないわ」  バッっと振り向いた千茅の目は、絶望の色に染まっていた。  誤解されていることに気づき、慌てて言葉を重ねる。 「私はアンタを使用人なんかだと思ったことは一度も――あ」  最後まで聞かずに、千茅は店を飛び出していってしまった。 「落ち着いた?」  声を掛けられ、私・山野蓬は顔を上げる。 「手首、大丈夫? 千茅が、あんなことするなんて。巻き込んでしまってごめんなさい」 「大丈夫だよ。そういえば、千茅さんは?」  店内に姿がない。そのことを指摘すると、葵ちゃんは目を泳がせた後、弱々しく微笑んだ。 「帰ったわ」 「そっか……」  思わず安堵を含んだ声を出し、後悔する。  いくら怖い思いをさせられたと言っても、葵ちゃんの前でこんな態度をとるのは無神経だったかな。千茅さんは一応、葵ちゃんの身内だから。  それに。  葵ちゃん、何があったんだろう。平気そうにしてるけど、表情がどことなく暗い。  どう言おうか迷っていると、菊子さんが珍しく真面目な顔で口を開いた。 「葵さん。あなたの口から蓬さんに事情を説明してあげてください」  私や葵ちゃんを「さん」付けで呼び、語尾もいつもと違いきっぱりと切っている。ただならぬ気迫が伝わってきた。  葵ちゃんは目を見開いて固まる。でも、気を取り直すように下を向き、息を吐き出した。 「……………………千茅に、迷惑をかけて、悪いとは思っているの」  ポツリと、つぶやくような声。 「家が、窮屈でたまらなくて。しょっちゅう抜け出してるの。今日も。だから、千茅が探しに来たのよ」  沈んだ声で言葉を紡ぐ葵ちゃんの目は焦点が合っていなくて、過去のどこかをさまよってるみたいだった。 「お父様やお母様の前じゃ、野草の写真を撮ることはできないの。好きで好きでたまらないことなのに、そんな風にしゃがみ込むなんてはしたないとか、服を汚すような真似はつつしみなさいとか言われて。外出するにも、報告したら千茅がついてきて、自由なことはできないわ。だから、抜け出すしかないのよ」 「千茅さんって――」 「千茅はね、大学進学と同時に家を出て、仕送りとかも無しに必死で生活をやり繰りしていたらしいわ。でも、一度失敗して、困っていた所をたまたま私が見つけたの。それから、ウチに居候してる。でも……」  葵ちゃんは急に落ち着かなげな様子になる。 「ごめんなさい、今日はもう帰るわ……」  葵ちゃんはそう告げ、ふらふらとおぼつかない足取りで店を出ていく。    私も、菊子さんも、止めなかった。 〜・〜・〜・〜・  菊子さんが「weeds」の閉店準備を始めようとイスから立ち上がった頃、葵ちゃんが息を切らして駆け戻ってきた。 「大変――――千茅が、いなくなったの!」
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