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「「こんにちは、菊子さんっ!」」
私と葵ちゃんは声をそろえて、いつもより元気よく「weeds」に入る。
「蓬ちゃぁん、葵ちゃぁん」
普段なら、『いらっしゃいませぇ』と優しくほほえんでくれるんだけど、今日の菊子さんが放った言葉は、
「お帰りくださぁい」
だった。
店の机について、こちらを見ようともしない菊子さんは、
「見たでしょぉ。このお店はぁ、とぉっても評判が悪いんでぇす。ここに来たせいで、お2人までイヤな目にあっちゃうかもしれませんよぉ」
笑顔を消して、言い聞かせるみたいに淡々と続ける。
「菊子さん……」
胸がギュッと苦しくなって、弱々しい声を出しちゃうけど、
「イヤです」
頭を振ることで切り替えて、私はキッパリと告げた。
菊子さんは気だるげに息をつく。
「それならぁ、『weeds』じたいを閉めるしかありませんねぇ」
「「えっ」」
「お2人はぁ、知ってしまったのでしょぉ? このお店の恥を、いや、このお店の存在そのものが恥だということをぉ」
「いい加減にしてください!」
葵ちゃんが、とうとう感情を爆発させた。
「『weeds』が恥!? ふざけないで! お客さんが来ようと来まいと変わらない! 私は、私達は、このお店を、大切な居場所だと思ってるのよ! 蓬、そうでしょ!」
「うん! そして、菊子さんにだっておんなじ気持ちがあるはずです! いや、私や葵ちゃんと出会う前からひとりで『weeds』を続けていた菊子さんは、私達よりもさらに、ここへ強い愛着を持っているはずです!」
菊子さんは驚きながら顔を上げる。その目に一瞬、光が宿った。
でもそれは、まばたきひとつでかき消えてしまう。
菊子さんは、ため息を吐くようにふっと笑った。その顔に浮かんだのは、別人と見紛うくらい卑屈な笑み。
「『weeds』に愛着ですかぁ。どうなんでしょうかねぇ」
「「え」」
「わからなくなっちゃいましたぁ。『weeds』にお客さんを呼ぼうとかぁ、そのために工夫しようとかぁ、そんな気力なんて、とっくに尽きてしまっていたんでぇす。蓬ちゃんと葵ちゃんが来てくれるようになって、お店がちょっぴりにぎやかになったときは、確かにうれしかったですけどぉ。もう終わりにしましょぉ」
やめて。そんなこと言わないで。そんな顔で笑わないで。
そんな私の気も知らず、菊子さんはあきらめをにじませて、表面上はとってもキレイな笑顔を作り直す。
「意地を張っていただけなんでぇす。店を良くする努力なんて全くしないでぇ、でもぉ、反対を押し切ってまで開いたお店なのにぃ、上手くいかなかったなんて認めたくなかったからぁ。だけど、もういいんでぇす。すでに、あきらめはついてましたからぁ」
「言い訳など、なさらない方がよろしいですよ」
菊子さんは、バッと、はじめてこっちを見た。
そう。今の発言をしたのは。
「千茅さぁん。いらしてたんですねぇ」
大捜索の一件以降、千茅さんは葵ちゃんが出歩くのによく付き添うようになった。葵ちゃんが特に難色を示さず平気な顔でいるのは、2人の関係が改善した証拠なんだろうな。
「ままならぬ状況のせいで投げやりになる気持ちには、わたくしも覚えがございます。しかし、改善の努力をしなかったとはいえ、現状に未練がましくしがみついていた。それは、本心では諦めていなかったということではないでしょうか」
胸に手を当ててハキハキと話す千茅さん。変わったな、なんて、ちょっと偉そうなことを考えつつ、目頭が熱くなる。本当にかっこよくて、心強い。
菊子さんは、グシャッと顔をゆがめた。
「どうせぇ、今までダメだったことなんですからぁ、潮時でぇす。周りに迷惑をかけるのもぉ、迷惑がられるのもぉ、苦しいんでぇす! もうイヤなんですよぉ! 解放されて、ラクになりたいんですよぉ!!」
菊子さんが、珍しく声を荒らげた。私と葵ちゃんはビクッと一歩下がってしまう。
こんなこと、思ってたんだ。菊子さんにとって、「weeds」は居場所じゃなかったの? むしろ、呪いだったの――――!?
「自分を偽って、無理矢理納得させても、良いことなどありません」
ただ、こんな状況下でも、千茅さんだけは引かなかった。
「そうやって諦めてしまえば、あなた様の心には、決して埋められない後悔と喪失感が残りますよ。これは推測などではございません。自らの経験に基づいた、れっきとした忠告です」
その場がしんとした。『経験』っていうのは、千茅さん自身が行方不明になった一件のことだろう。
菊子さんは、意表をつかれた顔をする。千茅さんの言葉には、誰も言い返せない重みがあった。
「……わたし、は。どうすれば……」
タマシイを抜かれたようにつぶやく菊子さん。
「共に、考えましょう。この場を、『weeds』を復活させるために。大丈夫です。菊子様には、葵さんや蓬様がついているのですから」
「――そう、でしたねぇ」
菊子さんは、やれやれと肩をすくめる。
その表情が晴れ晴れとしていたから、私と葵ちゃんはホッと安どしたんだ。
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