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第二話 出会い(ホトケノザ)
私はしばらくあ然としていた。
その間も彼女はコンクリートの地面に寝そべったまま、立派なカメラのシャッターを切り続けている。
……え。何、この状況。そんな言葉しか出てこない。
と、とりあえず!
「ちょっと、そこのあなた。こんな所で何してるの。危ないよ!」
「……」
無視!?
心の中で悲鳴をあげつつ、今度は彼女の肩を叩く。
「あの。ちょっと、立ってください!」
やっと反応があった。ピクッと身体を揺らし、立ち上がる。彼女はそのまま、服に付いた汚れを払うこともせずに私を見た。
私と同じくらいの年頃で、私よりも背は少し低いけど雰囲気は私よりも大人びている。そして彼女は、とても美人だった。長い黒髪を無造作に束ね、地味な服装をしているけど、それがもったいないくらい顔立ちが整っている。
だけど、見たことのない顔だな。こんな子がいたら話題になるはずなのに。
「何」
無表情で、彼女が問う。
「何って、いや、こんな所で写真撮ってたら、車に轢かれたりしそうだよ?」
「ここ、車はほとんど通らない。それに、車が来たら音でわかる。余計なお世話」
彼女は素っ気なく言うとしゃがみ込んで、またカメラを構えた。
いやいや、声をかけられても気づかなかったんだよ!? 車の音なんか絶対に気づかないって!
「――何撮ってるの?」
なんとなく、少し興味が湧いたから聞いてみる。また無視されると思ったけど、意外にも彼女は答えてくれた。
「これ」
その声は少し嬉しそうにも聞こえる。彼女がちょっと友好的な態度になってくれたことを喜びつつ、私はそれを見た。
「お、ホトケノザだ」
赤紫の茎にレース飾りみたいな葉が巻き付いていて、そこから細長い花が出ている。
昔お母さんと、この花がピンクか紫かって話をしたなあ。あのときは2人共ガラにもなくヒートアップしちゃって。懐かしいなあ!
「ホトケノザって、春の七草の?」
「ううん、それとは違うの。春の七草のホトケノザはね、キク科のコオニタビラコのことなんだよ」
「……よく知ってるのね」
彼女は、まじまじと私を見た。
口調が変わってるけど、素はおそらくこっちだね。それより。
「……野草、好きなの?」
「ええ。植物写真を撮るのが趣味なの。植えてある植物を撮ることもあるけど、私の作品はほとんどが、自然に生えてきた植物を題材にしているわ。そのほうが撮りがいがあるのよ」
カメラを大事そうに抱えて語る彼女はとても生き生きしてる。
――野草が好きな子ってやっぱり私以外にもいるんだ!
自分の顔がパアッと輝いたのがわかる。
お母さん以外の野草好き仲間なんて、初めて会ったよ!
「ねえっ……あの、あなたが撮った写真、見せてもらってもいいかな!」
気付いたら、初対面で名前も知らない子に、こんなお願いをしてた。
「……良いわよ」
彼女は少し面食らいながらも、カメラの画面にさっき撮ったホトケノザの写真を表示して私に向けてくれる。
「わあ……!」
ホトケノザ、タンポポ、オオイヌノフグリ、カキドオシ――
次々と切り替わる画面に目が釘付けになる。
全て表示し終えて画面が最初に見たホトケノザの写真に戻ると、彼女はカメラを私の前から引いて電源を切った。
目を閉じて、ホウと感嘆のため息をつく。
「……どうだった?」
「すごい、すごかったよ!」
不安そうな彼女にパッと笑いかける。そう、彼女の写真は本当にすごかった。
「なんというか、植物の美しさが最大限に引き出されてる感じだった。それでいて、植物の特徴をしっかり捉えてて……写真家にも研究者にも評価されそうな、素敵な写真だなって思ったよ」
彼女は、ぐっと息をのんでうつむく。
あっ、なんか怒っちゃった!? どうしよう……
「そんなに褒められたのは初めてよ」
彼女は顔を上げ、私の手を包みこむように両手で握った。
「私は、双葉葵。星花女学院初等部5年。仲良くしましょうね」
なるほど。私立に通ってるんだ。
「ありがとう、葵ちゃん。私は山野蓬。松風小5年。私達、同学年なんだね。この近くにはよく来るの?」
「ええ。また会えると良いわね」
「ねえ、明日も写真撮りに来るの?」
「そうだけど」
「明日もここで会おうよ! 私、野草観察が大好きなんだ。写真撮影に、ついていっちゃダメかな?」
「いいわよ。私、野草を撮るのは好きだけど、野草についての知識は全然ないから。色々と教えてほしいの」
「いいよ、喜んで!」
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