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「で? 話って何なのよ」
葵ちゃんは、東さんをにらんだまま言う。東さんはその視線を気にする様子もない。
私は、ハラハラしっぱなしだった。
でも。
「叔母さん、菊子さんのこと」
東さんのたった一言で、場の雰囲気が引き締まる。
「そういうことなら、早く話しなさい」
突然の手のひら返し。いつもなら茶化すとこなんだろうけど、東さんは淡々と続けた。
「叔母さんの店、経営がかなり危ういんだ。というか、正確に言うと、もう既に経営が成り立ってない」
「「えっ」」
成り立ってない? でも、「weeds」は今でもあるよ?
「だってさ、考えてみな? 2人とも、毎日あの店に行ってるんでしょ。お客さん、来たことあった?」
「「あ……」」
なくはないけど、千茅さんとか、吾作さんって人とか。「weeds」の「お客さん」と言うべきなのかはビミョウだもんな……
「あの店に来るのは、菊子さんの知り合いばっかり。開店以来、売り上げは推計でもほぼゼロで、菊子さんは私達一家をはじめとした親戚の支援で生活してる。吾作おやじみたいなクレーマーもいるし、早く諦めて、地に足をつけた仕事についてほしいんだよね~」
「weeds」は確かに、世間一般の店とは違う。それは気づいてた。でも、菊子さんの生活がそんなにせっぱつまってるなんて、知らなかった。
ただ…………
「違うでしょ」
そう言ったのは、葵ちゃん。
「東さん。あなたはクレーマーを嫌悪するわりに、同じことをするのね」
少しだけバカにしたように続ける。
「……どういうこと」
東さんの表情が険しくなった。
場は再び、一触即発の雰囲気に逆戻りする。
いや、さっきよりもケンアクだ。お互いに本気で相手への敵意を持って向かい合ってるから。
「あたしは、ただ、叔母さんを心配してるだけ。それが、なんか悪い?」
「心配してるなら、もっと本人の言葉に耳をかたむけなさいよ! 自分の考えばっかり押しつけて、相手の夢や目標、好きなことを否定するなんて、どうかしてるわ!」
葵ちゃんの、心の叫び。私の心も代弁してくれているみたいな気がした。
私達の好きなことは、あんまり人にわかってもらえない。それが原因で、今までつらい思いをたくさんしてきた。
それでも。いや、だからこそ。
好きなものにかける気持ちは強く、固いんだ。
菊子さんも、きっと同じ。いや。私や葵ちゃんよりも長く生きてるから、もっと苦労してきたんだと思う。
だから、報われてほしい。
「でもさ……叔母さん、もう大人なのに、生活をあたしたち一家に頼ってて、親戚からもやっかい者あつかいされてるから……」
東さんは、たじろいだように下を向く。それを見て、葵ちゃんは鼻で笑った。
「ほら。あれこれと理由をつけるけど、結局『weeds』を潰そうとしてるわけでしょ。クレーマーと変わらないじゃない」
「違う!」
「どこがよ」
「まあまあ。葵ちゃんも東さんも、一回落ち着こうか」
見かねて、私は間に入った。
葵ちゃんはフウっと息を吐いて一歩下がるけど、東さんは言い争いの最中と同じ顔でギッと私をにらみつけてくる。
「私も、『weeds』は続いてほしい。役に立たないとか散々に言われてるけど、私にとっては大切な居場所だから」
東さんが、ハッと顔を上げた。そしてすぐ、気まずそうに下を向いてしまう。
私は続けた。
「だから、『weeds』を切り捨てるんじゃなくて、『weeds』を盛り上げていきたいんだ。それで生活が成り立つなら、誰も文句なんか言わないよね」
「それができたら困ってないんだから」
東さんは眉をひそめた。
できっこないって言いたげな顔だ。
「大丈夫」
葵ちゃんが、満足げにうなずいた。
「私達がいるから」
菊子さんはもう、独りじゃない。
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