相手は狩りのつもりでしょうがこちらは釣りをしてるんです

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  「まず、大切なのは『追いかけさせること』です」 「すまないが最初から意味がわからない。詳しく説明してくれないか」 「はい。男性の心理について分厚い文献をいくつも読んだ思春期女子中学生のような先生ならどこかで目にしたことがあると思いますが、男性は狩猟本能を持っています」 「太古の人類の祖先の本能だね」 「はい。それが現在の恋愛においても発揮されていて、男性は逃げる獲物を本能的に捕らえようとするんです。だから、餌をちらつかせて、食いついたら後は逃げてやればいいわけです」 「まるで釣りのようだね」 「そうですね、まさしく釣りです。男は女を狩り(ハント)しているつもりですが、女は男を釣り(フィッシング)しているわけです」 「な、なるほど」 「ちなみに先生のように直接水の中に入って魚を捕まえようとする行為は最悪です」 「うるさいな。方法は? 具体的な方法はどうやればいい」 「まあ、落ち着いてください。そこで相手の分析が必要になるわけです。相手が好む餌を巻かないといけません。海老を釣りたいのに鯛を餌にしても意味がありませんからね」 「なるほどな。じゃあ、まずはカルテを作成……」 「違います! あんなカルテなんてなんの役にも立ちませんよ! 必要な情報は年収、資産、あとは顔の良さです!」 「……どれもボクのカルテには記入されていないな」 「もしかして先生って意中の男性にカルテの記入をさせていたんですか?」 「そ、そうだが。いや、もうみなまで言わないでくれ。不要なことだったんだろ。それくらい今までの話を聞いていればわかるよ」  力なく手に持った分厚いカルテの束はおそらく過去にカルテを書かせた男性たちものだろう。 「わかりました。そこは触れません。でも後でそのカルテは見せてもらいますからね」 「な、なんで!?」 「今日の授業料です。先生みたいなお金持ちは相手の収入なんて気にしない。お金は自分が出せばいいなんて思っていませんか?」 「思ってた」  先生はそこらの王族顔負けの資産と権力がある。お金に全くと行っていいほど執着心がない。 「収入って別にお金だけの話ではないんです。収入はそのまま生活力に直結しているんです。生活力。すなわちその人の人間力が反映されているんです」 「いくらなんでもそれは暴論じゃないかな。金銭的成功者が人間力が高いという、そういう統計でもあるのかい?」 「いつも暴論ばかり振りかざす先生がそれを言いますか。ですが、これは私の経験則にもとづいているので間違いありません。続けますよ?」 「あ、うん」  先生に反論の隙は与えない。 「次に資産です。これも先程の収入に似ていますが違うのは本人の力だけではどうしようもないところです」 「それこそ人間力とはなんにも関係ないじゃないか」 「それが、あるんです!」  私は身を乗り出してさらに先生の二の句を防ぎつつかぶせて喋る。 「王族や貴族の子どもに生まれたものは生まれつきマナーを叩き込まれます。さらに世間の目は一般庶民とは比べ物にならないほど厳しいものです。そんな中で育てられればそれなりの人間に育つというものです」 「そうかなあ。おとぎ話の悪役はいつも王様や貴族じゃないか」 「それは『おとぎ話』だからですよ。そういう物語を読むのは庶民です。なので庶民の妬みを解消させるためにそういう風に描かれているんです。実際は金持ち喧嘩せず。貴族というのはお互いを尊重するもので、おいそれと悪事なんて働きません」 「そういえば君も一応は貴族だったな。没落貴族だが」 「没落でも貴族は貴族ですから。きちんとそれなりの礼儀作法は叩き込まれていますし、私がなにかすれば家の名に傷が付きます。要は資産があるということは『責任』があるということなんです。体の関係だけ持っておいて飽きたら捨てる。なんてことができないのが資産を持つ人間です」 「待て待て待て! 資産を持ってるやつらだってそういうことするだろう! さすがにそれはおかしい!」 「いいえ、庶民とは比べ物になりません。庶民は守るものがないので都合が悪くなるとすぐに逃げ出しますが、身分が高かったり資産を持っている人だと、たとえ捨てられても『手切れ金』を払ってくれますので」 「……経験則?」 「まあ、どっちでもいいじゃないですか。とにかくそういうことなんです」 「で、顔っていうのは?」 「顔はいいに越したこと、ないじゃないですか」
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