相手は狩りのつもりでしょうがこちらは釣りをしてるんです

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 とある異世界の診療所で 「先生、私、好きな人ができました」 「詳しく教えてくれ」  先生は読んでいたカルテを机に放り投げて体をこちらに向けた。  先生はその幼い見た目からは想像もつかないけれど世界最高の名医だ。特殊な症候群の研究以外にはほとんど興味を示さない変わり者だけど恋愛関係の話だけには食いついてくるのを私は知っていた。  椅子の背もたれを前に座った先生は未記入のカルテを私に渡してきた。 「なんですか? これ」 「相手の情報を記入してくれ」 「なんでですか」 「その方が手っ取り早いだろ」 「でもまだ全然そんな関係じゃないんですよ。ただちょっと気になるなーくらいで」 「リコくんはその相手と恋人になりたいとは思っていないということかい?」 「いえ、そういうわけじゃないんですが……わかりました。書きますね」  余計な議論をするよりさっさと言うことを聞いたほうが早い。  そして書きながら思った。これって先生に相談しても意味がないのではないかと。  先生は下手すると一桁歳に見える見た目のせいか、これまで男性経験がゼロだ。付き合ったこともないらしい。実はもういい歳なのに。 「いい歳なのはお互い様じゃないか」 「あ、また私の思考を勝手に読みましたね。犯罪ですよ。次やったら警察呼びますからね」 「君の思考が漏れていただけだよ。書けたようだね。さあ見せてくれ」  先生は一瞬でカルテに目を通すと 「何だこれは。名前と年齢と性別。あと職業くらいしか記入されていないじゃないか。家族構成は? 血液型は? 出身地は? 身長は180cmくらい。くらいってなんだよ。体重もわからないのか? 趣味、趣向、アレルギーは? 病歴、通院歴も常用薬も不明だって? この程度の情報じゃ何もわからないよ」と、早口にまくし立ててきた。 「先生はそんなもので人間をみているんですか」 「あたりまえだろ。どれも今後付き合っていく上で重要なことじゃないか」 「う、うーん。言われてみれば確かに重要といえば重要ですけど、それってもう結婚することが前提になってません?」 「どういう意味だ? リコくんはこの相手と結婚したくないのか?」 「結婚したくないっていうわけではないんですよ。先生は極端なんです。他人か家族かみたいな。いいですか先生。まずその前には恋人という段階があるんです」 「し、知ってるよそのくらい。失敬な! ただボクはその先もきちんと考えて付き合い始めるべきだと……」 「体は小さいのに頭でっかちですね」 「ふん。ボクは容姿のことをコンプレックスにするタイプじゃないと言ってあるだろう。ちびでも貧乳でもすきに呼ぶがいいさ!」 「ちょっと怒ってるじゃないですか。まあいいです。あのですね、普通は男女が恋人になる時にいちいち相手の病歴や通院歴なんて調査しなくていいんですよ」 「どうして? もし重大な疾患持ちだったらどうするんだ?」 「結婚生活に支障がでるような重大な疾患の場合は先に言えばいいだけで、それ以外は普通言わないんです。まあ、家族構成くらいは知っておいたほうがいいかもしれませんが……」 「理解できないね。これから自分の体内に入ってくるかもしれない生物の情報をきちんと調べないなんて」 「また……すぐそういうことばっかり考えて。そんなだからいつまで経っても彼氏の一つもできないんですよ?」 「ぐ……なら君ならどうすると言うんだ」 「いいでしょう。リコ流恋愛術。先生に教えて差し上げましょう」
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