私の目に浮かび上がったすべての星

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"下りた遮断機を越えて急行列車に飛び込み。二人の持ち物はリュックに着替えと小銭入れのみで、中にはたった数十円の小銭と事故直前に買ったと思われるコンビニのあんパン一個分のレシート。高齢者夫婦、貧困を理由に心中か"  そう書かれたネットニュースの見出しをスワイプして消去すると、私はベンチから雨上がりの空を見上げた。雨が降った後の晴れ空は、いつもより際立って綺麗に見えるらしい。そんなどうでもいいことを考えながら、ミライの両親に許可を取って譲ってもらった彼の遺骨が入った小さな骨壺を抱え、私は制服姿でバスに乗り込んだ。あの日から涙はずっと流れていて、時々、乾くこともあった。  ミライの死後、私と、キズナと、ミライの家族、その他の友人、関係者達の悲しみを象徴するかのように、何日も何日も雨が降り続いていた。今日のお昼でようやく雨が止み、夕方には晴れ空が広がる、と気象予報士が言っていた。多分、今夜が一番綺麗な星が見える夜だ。私は半ば強引にそう決めつけて、キズナと、ミライとの三人きりでの再会の日を、今日に決めた。だってキズナが、ミライの願いを叶えたいと、お葬式の帰りに嗚咽を漏らしながら私にすがって言ってくれたから。  ひとつ次のバス停に着くと、同じく制服姿で傘を持ったキズナの姿が視界に映った。バスで料金を支払って私が降りると、ゆっくりと近づきながらキズナが声をかけてきた。 「階段からじゃなくて、下流の方から行こう。ツムギとミライが、初めて私のうちを見つけたルートで。私、行ったことないから」  私はその提案にコクリと頷くと、暮れなずみながら夕闇が微かに降りてきた茜空の下、キズナと天戸川の下流へ向かった。少し遠くの方から、二羽のカラスが鳴く声がした。 (ツムギはいいね。嫌なことから逃げれて)  最後にミライと電話で話した時の言葉を思い出す。あれは、ミライからのSOSではなかったのだろうか。 (現実からは、逃げられへんよ)  ミライの言葉が、川原の上流を目指して進む私の頭の中で重く、重くのしかかる。いつも私は、自分の話ばかりで。ミライは、強い子だとどこかで思い込んでいて。  そうだよね。ミライは嫌だと思っていても逃げられなかったんだよね。その方法が、無かったんだよね。私はミライのことを理解していると思っていた。ミライの明るさが、弱音を吐かない強さが、ミライはこうなんだって私達の誤解を生んで、ミライを追い込んでいたんだね。 「私、今の周りの人とうまくやられへんかも、って」  私が様々な悔やみを胸に渦巻かせながら歩いていると、急にキズナが口を開いた。 「……え?」 「去年の夏。ミライがそう言うたの。私は驚いたけど、ミライ、詳しくは話さへんの。初めてやった。そんな弱音吐くミライ。だから私言うたの。『ミライのことをちゃんと知れば、ミライはみんなから愛してもらえるよ。ミライは、そんな子やよ。次なんかあったら、私とツムギが助けに行くから。すぐに言って!』って」黙って聞く私に、キズナは鼻水をすすりながら続けた。「じゃあ、ミライがさ。『ありがとう。でも、ツムギには言わんといて。あの子、今、小説のことで苦しんでるから。ミライが弱気になってること知ったら、ツムギもしょいこんで辛い思いすると思うねん。ミライ、大丈夫やから。キズナの言葉で元気出たよ。ありがとう』……そう、言うたの」  私は、何も言えなかった。  ……ミライ、ごめんね。ミライに何が起きてるかも知らずに、私、ずっとミライに頼ってたんだね。いつも前向きで、明るくて、人懐っこいミライが、私より、もっともっと苦しんでたなんて、私、想像できなくて……。ミライはきっとずっと長い間、もっと根本的なところで苦しんできたのに、それを見せないようにしていた。それを理解しなきゃいけないのは、私だったのに。 「あの時、そんな言葉じゃなくて、ミライ帰っておいでって。ミライそんなとこにいなくていいよって。言えれば、よかった。でもそう言ってあげられるほど、私、強くなかったんよ。自分の病気と向き合うことで、精一杯やった……。次に話した時、ミライはいつも通りやった。元気に、笑ってた。笑ってたんよ……」  キズナは、何かを念じるように後悔の言葉を連ねた。ミライはなぜ自殺したんだろうか。何か大きな理由があったのだろうか。わからない。ううん。私は、本当のミライの心の内を、知ろうともしていなかったのかもしれない。  川原の脇に、真っ白なログハウス調の家が見えてきた。私達は四年前に三人で座った同じ辺りに腰掛け、夜が来るのを待った。二人で、ミライの思い出話をしながら。  どれくらい時間が経っただろう。夜もすっかりふけ、夜空には眩い星々が瞬いていた。 「人ってさ」 キズナが、それを見上げながら口を開く。 「うん?」 「死んだら、星になるって言うやん?凄く凄く遠くやけど、でも、確かにそこに存在してる。だけど、生きてやな話もできひんし、一緒に笑ったり、一緒に泣いたりできひん」 「……うん。そうやね」 「私が死ぬと思ってた。あの長い入院の時、何回も死を覚悟してん。……でも、私は生き残った。私が生き残って、ミライが、死んだ……。まさか、こんなことなると思ってなかった」 「……私も。キズナ死んじゃうんちゃうかなって、怖かった。でも、生きててくれた。生きててくれたから、こうして今一緒におれるんよ」 私はキズナの肩を抱きながら言った。 「……私、ミライの分まで生きるよ。いつか、いつかまた、ミライに会える気がするから」  根拠のない言葉だったけど、私もそんな気がしていた。生きたくても生きられなかった母さんの分も、私は生きなきゃいけない。消えて無くなりたいと思ったあの日、私も確かに、生きていくと誓ったんだ。そうしたらいつか、また母さんに会える日が来るかもしれない。そう、そして、きっとミライにも……。  これ以上ないくらいに輝く満天の星空の下。私達は分骨されたミライの遺骨を、天戸川に放った。天戸川の下流は海に合流する。散骨は、法律上問題無いことも確認していた。  だけど、これが正しい行いなのかどうかはわからない。私達は最後に三人でここで過ごしたあの日の夜の約束を、果たしただけなんだ。他に、ミライを悼む方法が見つからなかった。ミライの為にできること。今は、それ以外には……。 (私が死んだら、ね。今夜みたいな星空の日に、二人でこの川へ骨を撒いてほしい) (それいいやん! ミライもそうしてほしい!いつかこの町から離れても、最後はここで、ここから見える星の下で、流れてたいな)
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