プロローグ:始まりの春

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プロローグ:始まりの春

 それはずっと、私の心の中心にあった。気が付いた時には「それ」以外考えられなくなっており、私の心の大部分を占めるようになっていた。  明確にいつかは分からない、たぶん小学校にも入っていないような時、でも、確かに覚えている光景がある。  両親と行った首都旅行、晴れた日だった。親に手を引かれながらの散策中に、ふと遠くから、何か音楽が聴こえてくるのに気が付いた。聴いたことはなかったが、妙に心に響くような、そんな音楽だった。私がその音楽に興味を持ったので、両親はその音楽が聴こえてくる場所を探してくれた。木漏れ日が落ちる路地を抜け、そしてたどり着いたある学校、そのグラウンド。どうやら何か催し物が開催されているようだった。  そして、そこで見た。  黒い無骨な鉄骨のステージの上で、不釣り合いな程明るく、魔法を振りまきながら、華々しく歌って踊る生徒たちの姿を。  初めて聴く音楽、初めて見る踊り、なのに、そのすべてが完全に私を魅了した!  私はもっと近くでそれを聴きたく思い、ステージ前の観客の波をかき分けて夢中で最前列にたどり着いた。  まだまだ背が低かった私はステージを見上げることとなった。最前列から見る踊りの迫力。音の圧。蒼くきらめく光の魔法。子供心にはどれもが圧倒的に見えた。相手は高校生のようだった。歌や踊り、魔法の良し悪しは全然分からなかったが、とても魅力的だった。なぜそこまでこれに必死になったのかは自分でもよく分からない。ただ、最前列からアイドルの生徒を見上げ、汗と魔法を煌めかせ、その真剣でありながらも心からパフォーマンスを楽しんでいる表情を見たときには、もう私の心は完全に奪われていた。  もう、他のことなど考えられなくなった。この出来事は私の心の奥深くに強烈に刻まれ、旅行中も、帰宅後も、その光景が離れなくなった。そしてそれは、ずっと、ずっと、何年経っても鮮烈に記憶に残り続けた。  小学校に入っても、中学校に進んでも、憧れは消えなくて、私の将来の夢はもう決まり切ってしまっていた。  ———アイドルに、なりたい!  あの日見た人たちみたいに、歌って、踊って、魔法を使う、煌めくアイドルに! * 「忘れ物ないかよく確認した?」 「うん、もう三回もかばんひっくりかえして確認したよ。忘れ物なし!」 「そう。」  履き慣れたスニーカーに足を通す。重いリュックを背負い、これまた重いトランクを引き、準備は万端だ。  ドアを開ける。春のにおいがする。快晴だ。旅立ちの日に似つかわしい。今日からは今までと全く違う日々が始まるのだ。期待と不安で高まる心拍数を落ち着けるために、一度大きく深呼吸をする。 「しっかし、梨心がもう高校生なんてね……信じられないわ。あっという間に大きくなっちゃって。」 「そう?当事者からしたらここまでくるのは長かったな~。特に受験期間は。それだけ待ち遠しかったってことかな。」  そうだ。ついにここまで来たのだ。幼少期の思い出を鮮烈なまま引っさげて。  しかしこれが最終目標だったのではない。当然、これはスタートライン。これからは夢を実現させるための舞台に乗り込むのだ。  あのころのアイドルたちは、まだ私の心の中で踊っている。  リュックの肩紐を背負いなおし、同時に気合も入れなおす。 「ふう……じゃあ、行ってくるね、お母さん。」 「はい、いってらっしゃい。ホテルに着いたらちゃんと連絡するのよ。」 「はーい。」  踏み出す。夢へ。期待はとどまることを知らない。どんな学校なのだろう。どんな生活になるのだろう。どんな仲間がいるのだろう。未来は不確定で、人はそれに期待し、または不安がることしかできない。  でも、これだけは決まっていた。 「よっし……やるぞぉ~……!」  夢をかなえる。憧れに近づく。そのために行くのだ。69d1eea4-0662-41d7-844a-069a22f1e7eb
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