1話:遭遇女神

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1話:遭遇女神

『もしもし、梨心?もうホテル着いた?』 「うんお母さん。チェックインも済ませてもう部屋にいるよ。」 『そう…何事もなく着いててよかったわ……。ホテルはどう?』 「うん、さすが都会のホテルって感じ。内装もステキだし。あ、あと大浴場もあるんだって。今夜行くんだー。」 『そう、うふふ……。緊張してなさそうで安心したわ。』 「してるよー、緊張。異郷の地だもん。こんな都会になんて滅多に来たことないんだし。それこそ、あのときの家族旅行以来なんじゃないかな~。」 『すぐ慣れるわよ。これから学校の寮で三年も暮らすんだもの。始業式は明日の午後だったわよね。明日は早めに出るのよ。荷物はもう寮に送ってあるから。午前中に片付けちゃいなさい。』 「はーい。」 『じゃあ……そろそろ切るわね。今日は早く寝るのよ。それと、なんかあったらすぐ電話するのよ。』 「うん、分かった。じゃあね。おやすみなさーい。」  ピッ。 「……ふう。」  ベッドの縁に腰掛けていたところから、背中を預けて寝転がり、ベージュ色の花柄の天井をぼんやりと眺める。  ホテルの夕飯まであと一時間弱ある。少女———廻谷梨心(めぐりやりこ)は明日の予定をもう一度確認することにした。午前中に寮に着き荷物の片付け、午後からは始業式、そして入寮式。家を出る前も、ここに着くまでの電車の中でも何度も確認したのだが、いよいよ明日にビッグイベントが迫っているとなるとどうしても落ち着かなく、それくらいしかやることがなかった。  明日からは学校の寮での生活が始まるのだ。十五年暮らしてきた地元を離れ、都会の学校に進学する。生活に必要な荷物はあらかじめ寮に郵送していたが、入寮できるのは明日からであるため、学校の近くのホテルに前泊することになったのである。  梨心の地元と学校のある都市はかなり遠距離にあり、電車でこの町に着くまで三時間以上かかっている。始業式当日の朝、つまり明日の朝実家を発ったのでは時間に余裕がないためこのような日程になったのだ。 「……なーんか、落ち着かないなぁ。」  期待感も大きかったが、梨心は流石に緊張もしていた。都会で暮らすこと以前に、親元を離れて暮らすことが初めてだった。不安が尽きない。学校の皆になじめるだろうか。自分の力だけで生活していけるのか。友達はできるだろうか……。  憧れの光景は、心の中で今も燦然と輝いている。これこそが梨心の原動力だ。大丈夫。きっとうまくいく。夢をかなえるためにここまで来たんだ。自信を持って……。  気持ちを落ち着かせようとしたが、心配事がたくさんありできなかった。何をするにも行動に身が入らない。結局、しばらくは予定表をぼんやりと眺めたり、知らないローカル番組を観たりして退屈な時間を過ごすしかなかった。
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