1話:遭遇女神

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*  無機質なアラームがスマートフォンから流れ出す。梨心は目が開かないまま手探りで枕元のスマホを探り、止めた。大きな窓から差し込む大量の太陽光に目が眩む。 「ふぁ………………あぁ。」  アラームは六時半に設定していた。早起きした方だろう。学校には余裕を持って着きたいので早めに設定したのだ。式は午後からだが部屋の整理にどれだけ時間がかかるか知らない。  パジャマから着替え、ホテルの朝食を食べ、身支度をしてチェックアウト。学校までは歩いて二十~三十分ほどである。  緊張は、あまりしていない。昨日の夜からずっと緩く緊張しっぱなしだったため慣れてしまった。それでも心拍数は……たぶん平時よりは多いだろう。  道中は街の景色を観ているだけで飽きなかった。梨心の地元には無かった巨大な建造物群。見たことのない店。車線の多すぎる道路と、それを埋め尽くす車たち。ああ、新天地に来たと感じる。見慣れない風景は新たな生活が始まるということを十分に予感させた。  景色を夢中で見ていると時が経つのが早く、気が付いたら学校に到着していた。  『公立月命学園高校』  校名が大きな看板に勢いのある筆文字で書かれている。  月命学園高校、通称月高は人類が魔法能力を発現させてから間もなく魔法研究に力を注ぎ、いち早く魔法科をも創設させてしまった歴史ある学校なのである。重厚な校門はなかなかに威圧感がある。魔法という特殊な現象を学校の専門にしていることの表れなのだろうか。  ちなみにこの学校は女子高だった。ほど近くには魔法教育に秀でた男子校である帝王塔学園という学校もあり、二校は古くから交流があるそうだ。  梨心はぞくりとした。ついに、ついに来たのだ。月命学園高校。あのとき、私の心を完全に鷲掴みにした、あのライブが行われていた高校だ。あのときから今までの全てを、この高校に入るために費やしてきたのだ。  校舎玄関までの道の両端には桜の木が生えており、風にその花びらを散らしていた。しかしまだ校舎へは向かわない。まずは寮だ。先に新生活の準備を済ましておかなければならない。校門を通り過ぎて、学校から歩いて数分の場所に建っている寮に向かう。  寮に着いた。小綺麗な外観だ。ここにも桜の木が何本か植えられていた。寮の玄関で管理人さんへの挨拶と手続きを済まし、部屋番号を伝えられる。二〇一号室だった。  静かな廊下を渡り部屋前にたどり着く。  ドアは閉まっているものの、内からは何やらゴトゴトと物音が聞こえる。寮室は一部屋二人制なので、つまり部屋の中にいるのは梨心のルームメイトだ。  これだって昨日からの緊張の材料だ。ルームメイト。これから数年間生活を共にする相手だ。どんな人だろう……良い人だといいな……。  ドアを二回ノックする。 「しっ、しつれいします!」  若干声を裏返して挨拶し、ドアを開ける。そこにいたのは———。  引き締まっているが決して痩せすぎているわけでもない身体。程よい筋肉。長い四肢。整った顔立ち。長い黒髪は緩やかにウェーブし、春の日差しを反射し妖しく光っている。 「今日からこの部屋でお世話に……って……あーーーっ!」  ———浴槽で見た女神が、そこにいた。
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