15話:定期公演セカンド

3/4
前へ
/93ページ
次へ
*  来てしまう。あたしの番の定期公演が。  はぁ~、と、溜息が出る。この部活公演をやりすぎではないか。自分で入部を希望しておいて文句を言うのもお門違いだが、少し滅入る。  ミツキは頬杖を突いて教室を眺める。先生方には悪いが授業を真面目に聴く気は無かった。いつかのテストのための知識よりも近々の公演のほうが厄介だ。ノートはキレイだった。最近はシャーペンの芯の減りが遅い。  以前、オルテンシア・コンテストの際に梨心に言われたことを思いだす。緊張しないのかと問われたのに対し、ミツキはしないと答えた。  だって暗くて広いアリーナでは、知らないお客さんばかりだから。見ず知らずの相手に何をしたって、それは緊張にはならなかった。  しかし定期公演は違う。学内での公演なので当たり前だが、観客のほとんどが同じ学校の生徒なのだ。稀に学外から観劇に来る物好きな生徒や卒業生もいるが、それでも客の九割九部は月命生徒だ。  それが嫌でたまらない。  嫌な理由は、休み時間になるとよく分かった。 「お昼一緒食べよう!」 「ねぇ早く購買に行かないと!」 「昼休み自主練しない?」  雑多に響く青春。しかし、そこにミツキが入り込む余地は無い。  自ら入る気も無かった。  関係無いから。  そういうキャラで行くと決めたのだ。いろんな人とそれなりの付き合いはするが、決定的な関係にはならない。ニコニコして全肯定。そんな感じの人間関係を築くのが自分に合っていると思った。  そんなコミュニケーション能力の甲斐もあって、ミツキは昼休みは一人だった。  良いし別に。あたし以外にも一人の人なんていっぱいいる。あたしだけが浮いているわけじゃないんだし問題無い。  しかし、定期公演、これは問題だった。  なんてったってあたしはアイドルなのだ。普段は違っても、ステージの上ではそうでなければならない。アイドルは偶像だ。笑顔で、可愛い歌詞を吐いて、手でハートとか作っちゃったりして。  普段の静けさとステージでのあざとさとの、落差。観ているものは大層変な気持ちになるだろう。そしてステージが終わればいつも通りの様子に戻るのだ。端的にイタい。惨状と言っても差し支えない。  そんな演技が皆の目に触れるのが嫌なのだ。誰とも深い付き合いをしていないので、直接そのことを指摘してくるような人はいないだろう。しかし、「あの子、ステージと教室で全然違うよね。」という視線で見られることが憂鬱だった。  前回の定期公演ですら、そういった気配が少しあった。新学期が進行して個々人のパーソナリティが詳らかになった今となっては尚更だろう。  日常の性格もアイドルのようだったら、ステージに上がることに羞恥など感じないのだろうか。  ミツキは自然、梨心のことを思った。 *  早く着いたスタジオは消灯されている。ミツキ一人だった。窓外は全然明るいし点灯する必要性は感じない。出入り口から離れたところの壁に寄りかかって腰を下ろす。  思案に耽るべき課題はたくさんあった。目を開いたまま視力を放棄する。  考え事。  考え事。  考え事……。  ………………。 「浮かないのか?」 「うわぁっ。」  胡坐を掻いていると、いつの間にかユアが目前にいた。慌てて正座に居直る。誰もいないから胡坐だったのに、見られてしまった。 「ユアちゃん、びっくりした……なんやのもう。」  あまりに考え事をしていたから接近するユアの足音に気づかなかったのかと思ったのだが、ユアは魔法で床から浮いていた。足音が無いわけだ。 「何で浮いてんの?」 「分からない。最近妙に魔力の出が良いのだ。気分が高揚している。」  その割には無表情だ。  ユアは気を付けの姿勢のまま浮きつつ垂直に回っている。水族館のアザラシみたいだ。円柱の水槽に入って展示されているやつ。  相変わらず何を考えているのか分からない子だ。  先日の定期公演では急に一人で弾き語りをしたりしていた。あれは盛況だったが。 「それで、ミツキ、浮かない顔をしているが、どうしたのだ?」  浮いているユアに問われる。  スタジオには二人以外に誰もいない。ユアは教室では一人でいることが多い。実際ミツキは浮かない。彼女はオルテンシア・コンテストで一緒だったのである程度互いに知っている。  諸々の要素がミツキの脳に発言を許した。ミツキは立ち上がる。 「ユアちゃんはさ、定期公演で緊張しなかったの?」 「しなかった。」  一瞬で答えが返ってきた。迷いが無い。 「あたし、公演やりたく……いや、気乗りしなくってさ。」 「ほう。」 「なんか、あたしの性格こんなんじゃん?だからステージでカワイ子ちゃんしてんの見られるのがね……ねぇ。」  無意識に首を触る。 「ふむ、ワタシはアドバイスを求められやすい星の下に生まれたようだ。いや、作られた?誰に。タイプされたのか。舞台装置は壁の向こうを見るものではないな。おぉ狂気。」  なんかクルクルしながらゴソゴソ言っている。ユアは何を言っているのか分からないことがたまにあるのだ。  自分の世界。  しかし強固な世界を持っていることすら、彼女の人格に似つかわしく感じる。そういう子だった。彼女は誰にでもそうなのだ。 「今の君の話し方は、普段とだいぶ違うよな。」 「へっ。」  ユアがミツキの目を見て言う。 「オルテンシアのときにも思ったのだが、君は大きく分けて三つの態度を持っている。学校での態度、アイドルとしての態度、そして、今のような態度。その差を知られるのが嫌だということか。」 「……そう、やね。」  予想外に的確に心を読まれてミツキは少したじろぐ。いや相談持ち掛けたのはあたしからか。 「人間の精神が一面性だというのは幻想だ。大抵、人というものは相手や状況に合わせて態度を変えるからな。それを恥じることはない。」 「分かってるけどぉ……。」 「まぁ例外的に一面しか持たない者もいるが。私みたいにな!」 「急に大声出さんといてって⁉」  無表情で大声を出すな。怖い。 「君が複数側面を持っているのは様々な状況に対応するためだろう。ならそれを無理に抑え込むことは———」  ユアが言いかけて止め、スタジオの扉の方を見る。扉が開かれて現れたのは、 「ん、ユアちゃんにミツキちゃん、早いねぇ。」  ジャージ姿の梨心だった。パチパチと電気のスイッチを入れる。 「こ、こんにちは梨心ちゃん。」 「こんにちはー。」  梨心は手すりにタオルを掛けその上に片足を乗せ、股関節を伸ばし始めた。彼女がよくやるストレッチだった。  それを見つめるミツキ、さらにミツキを見つめるユア。 「前から思っていたが、君は梨心相手だと態度の変化が顕著だ。」 「言ってくんねぇ⁉」  ユアは遠くの梨心には聞こえない声量で核心を突いてくる。 「……好いているのか?」 「………………。」  耳に血流を感じる。  良くない沈黙だった。肯定と取られてしまう。  いっそそうなってしまった方が面倒じゃないかもしれない。 「ここで問いただすのはTPOに欠けるな。悪かった。詮索はしないよ。」 「……うん。」  好きとは違う。断じて、違う。LOVE的そういうのではないのだ。  しかしいつからか、彼女は凡百の他人ではなくなっていた。ミツキからすれば、名有りで覚える相手は限られている。流石にアイドル部員全員のことは良く思っているので脳に記名しているが、教室の相手にはそうでもない。  その中でも、梨心はかなり早い段階で、汎用から抜け出した。  明確な転機は、あの時だろうか。  梨心があたしの魔法を見て「キレイだ」と言ったとき。 「あの子、あたしに触れても全然変な顔しないんだ。こんな捻くれてて、猫二匹被ってるような奴にさ。おまけに面まで褒めてくるし。」  ゼリーのような手の魔法を召喚する。ユアが「おお。」と言って握手してきた。 「魔法を褒められたのは、初めての経験だった。」  気持ち悪いと言われたことは何度もあったが。純心に称賛してきたのは梨心くらいなものである。こんなブヨブヨの魔力塊を。  多分梨心は、誰にでもそうなのだ。誰にでも優しいし、誰にでも褒める。彼女からしてみればあたしも、特別じゃなくて、話しかけるべき一人の他人なのだろう。  それでも、あたしにとっては、梨心は特別だった。  だから彼女専用の態度を用意しているのだ。  不誠実だろうか?いや、特別だからこそ気を付けて付き合いをしている———。 「……ふっふふ。」  最初に悩んでいたことから大分離れてしまったが、意外と落としどころがあったものだ。  相手によって態度を変えるなんてよくあることだ。梨心相手にもそうなのだ。最も考えるべき相手である彼女にもそうなのだから、学校の有象無象相手に示す態度が矛盾していても何の問題があるのだろうか。  急に視界が明るくなった気がする。悩みの程度が下がったのはきっと錯覚ではない。  なんか定期公演がイケそうな気がしてきた。 「ミツキ、これ触感も分かるのか?」  いつの間にかユアは手の魔法を自分の胸に押し当てていた。 「……うん、なんか柔らかい。」 「おお。」  何してんの。
/93ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加