15話:定期公演セカンド

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*  定期公演の日だった。同ユニットのアイドル達よりも早めに、開演前のステージに立つ。アイドルがいないのだ。観客はまだ誰も来ていなかった。  昨日がロアのセンター回だったので、心無しかステージがまだ熱を帯びているような気がした。ミツキは少なくとも観客の心は燃えたままだろうなと思う。ロアの演技は派手さで群を抜いていた。良い意味で舞台は焼け野原になる。  そんなところに立つ。 「上等よ。」  舌打ちを飲み込む。同時に衣装がグリーンに発光した。  開き直ることにした。 「こんにちはー月命学園アイドル部でーす!!!」  出したことも無いような大声を出して開幕を宣言する。  客席は埋まっていた。昨日のロアの影響だろうか。所々に知った顔がある。同じクラスの人々もちらほらといる。アイドル部はそれこそロア本人もいるし、全員がそこかしこに散らばっていた。  その中から一人を見つける。光の魔法を振りまいて、両手を挙げて喜んでいる子。  それで十分だった。マイクを握る手に力が入る。 「一曲目行くぜ!『ギャラクティック』!」 *  大勢の目に触れるのが嫌なので、混む時間を避けてお風呂へ向かう。あんなはっちゃけたライブの後なのだ。冷静になった今となっては他人の目が気になった。  身体を洗った後に湯舟に入り、ミツキはようやく息を吐いた。長い間抱えていた懸案事項を放り投げられてようやく落ち着いた気分だ。明日の教室でどんな目で見られるかが今から気がかりだが。 「疲れた……。」  だがやり切った感があった。苦心してコインを垂直に積み上げたような感覚に近い。いや、そのコインタワーを思いきり崩した気分だろうか。いずれにせよ悪い気はしない。  ミツキが一日を振り返って疲労を溶かしていると、 「隣失礼するね。」 「ん、梨心ちゃん。偶然やね。」 「いやいや、あっはっは。」 「何が……?」  頭にタオルを乗せた梨心が入ってきた。 「はぁ……至福だねぇ。お風呂が一番だよ。」  惚けた顔をする梨心。意外にも浴場で一緒になるのは初めてのことだ。梨心はお風呂では髪を纏めるようだった。普段はセミロングの黒髪が、今は犬の尻尾みたいに結われていた。 「ミツキちゃんの今日のライブめっちゃ良かったよ。」  梨心が言う。波紋が立つ。 「そう?良かったわぁ。」 「やっぱり皆のライブ見ると元気出るよ……本当に。」  言葉と違い梨心の口調は物静かだった。そしてミツキが何か言う前に急いで態度を変える。 「あのっ元気、元気あるからね!今私とても元気!」  大丈夫ポーズをする。二の腕から水が滴った。 「なら良いけど。」 「頑張るからね私。ホープスターズ・ステージも。」  梨心は今度は湯気の向こうの壁を見つめて言う。ミツキは一度でも梨心にステージを頑張れと言っただろうか。梨心の宣言は自己に言っているように聞こえた。  言い聞かせている、とも言える。  少し沈黙。他のわずかな生徒たちの声と呼吸と、どこかで湯が流れる音がくぐもり響く。二人は背もたれに背を預けてしばらく静かに入浴していた。  やがて二十分ほどが経った。妙なことに気づく。 (この子……いつまで入ってる気なん?)  一緒になってしまったからにはミツキは梨心と同時に退室しようと考えていたのだが、梨心は一向に湯から上がる気配が無い。ただずっと目を閉じていた。眠ってはいないようだが、よく何もせずこんな長時間じっとしていられるものだ。  梨心の形の良い顔の輪郭から水が滴る。ミツキは人間が鹿を威すその様だけを眺め続けた。  ———そして、ここまでの経過時間の二倍近くの時間が経った後、梨心はようやく上がった。 「梨心ちゃん、長風呂なんやね……。」 「あはは、皆に言われるんだ。」  当然着替える。梨心の寝巻も初めて見た。子供みたいな柄だった。  常の二倍以上の長風呂をしたので喉が渇いた。とても。部屋に飲み物が残っているか確証が無かったので、共用スペースの自販機に寄ることにした。ミツキは豆乳のボタンを押す。 「豆乳……私も飲んでみようかな。」  流れで付いてきた梨心が興味を示す。 「小さい頃苦手だったんだよね。今は飲めるかな……っていうか、なんかめちゃくちゃ種類あるんだね?」  自販機には五種類も豆乳が並んでいる。普通の調整豆乳と、豆乳飲料に区分される所謂味付きのものだ。 「……ミツキちゃんはどれがおすすめかな?」 「あたしアーモンドが好き。」 「私もそれに……。」 「じゃあ、はい。」  今しがた自販機から射出された紙パックのアーモンド味を梨心に手渡す。 「え、良いの?」 「あたしのライブを褒めてもらったお礼ってことで。」 「なんと……ありがとう。」  ミツキはもう一つアーモンド味のボタンを押す。 「美味しいよ、それ。ミツキのお墨付きやから、ね。」 「出たそれ!」  みたいなやり取りをしつつ。 「じゃ、明日は一限から数学だから早く寝ちゃうよ。おやすみ。」 「うん、おやすみね。」 「ミツキちゃんも早く寝るんだぜ。」 「は~い。」  梨心と廊下の辻で別れる。  なんか今日は全体的に、良い日だったな。一人歩きつつ頬が緩んでいることを自覚する。  もしかしたら先日のユアがやたら上機嫌だったのも、彼女がやりたいようにライブをやれたからなのかもしれない。  公演前は気が乗らなかったが、終わってみれば案外良いものだった。  紙パックにストローを刺す。  梨心も同じ味を飲んでいると考えると悪い気がしなかった。
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