16話:命名

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16話:命名

 あと一か月で『ホープスターズ・ステージ』が開催される。  八月前半に開かれる、各学校のアイドル部の“一年生のみ”が出演する若々しい舞台。春先には「前期の総決算」として示されたこの公演だが、それがもう一月後に迫っていた。  梨心は校内の掲示板に貼られた『ホープスターズ・ステージ』のチラシを見つめる。  入部したての頃は、無邪気にこの公演が楽しみだった。あのホープスターズ・ステージに出られるなんてやったー、みたいな。  しかしもう手放しには喜べない。 「ステージ、かぁ……。」  失敗する恐ろしさを知ったから。  流石にまだ落ち込んだ気分を引きずっているわけではないけれど、それでもあの記憶が消えるわけはなかった。また失敗したらどうしようとか、思わないでもない。  嫌……いやぁ嫌って気持ちでもないけど、完全に百%楽しみだ!……という気持ちでもなかった。  経験するということは、現実を知るということだ。  それが大人になるということなんだろう。  掲示板には様々な部活やサークルのお知らせが貼ってあり、サッカー部の大会のチラシの端っこには『ぜひ応援に来てね!』と丸文字が書き加えられていた。  梨心は油性ペンを取り出す。チラシの脇っちょに文字を書き足した。 「……部活行こ。」  掲示板の前を去る。 『ぜひ見に来てね!がっかりさせません!』  チラシに書くようなことではなかったかもしれない。どちらかといえば、自分の決意の気分だった。  もし掲示板に絵馬があれば、そちらに書いていた。 *  アイドル部スタジオではまたもやチーム決めが始まっていた。見据えるは当然、来月のホープスターズ・ステージだ。オルテンシアのときと同様、誰が誰と組むか、それとも一人で出場するかを決定しておかないと練習ができないからだ。  スタジオ内では皆が皆を誘ったり誘われたりしているが、梨心は一人で端っこに胡坐をかいて座っていた。  どうしようか。誘いたい相手とかあんまり考えていなかったな。またやらかして誰かに迷惑をかけてしまうかもしれないのだ。いっそ一人で出るのもありかもしれない。  とか考えてボーっとしていると、 「梨心、ホラ立って。」 「ロアちゃん?」 「組むよ。」 「……へ。」  燃える髪。ロアが梨心の目の前に仁王立ちしていた。 「ろ、ロアちゃん、良いの?」 「良いけど、っていうか、私から君を誘ってるんだ。許可を取りたいのは私の方なんだけどな。」 「そりゃ願ったりというか何と言うかなんだけど。」  梨心は少し困惑する。 「前回私が足引っ張っちゃったじゃない。それでも良いの?」 「ふふふ、良い。」  ロアは何の迷いも無いかのように、実際無さそうに、座っている梨心に手を差し伸べる。 「リベンジしようよ、梨心。」 「……うん!」  手を取る。  かくして(一方的に)希望の星への道標は示された。 「さて、何の曲をやるの?」  部内で様々なユニットが結成され練習開始時間になった。梨心とロアは今後の計画を決める。先月ずっと顔を突き合わせてきたのがまた同じ組み合わせとなり、違う公演に臨む実感が薄かった。 「私やりたい曲があるんだ。」  今度はロアの方から提案があった。 「うん、どんな曲?」 「『月と一輪の蒼花』。」 「……おう。」  ロアは挑戦的な笑みを浮かべて言う。 「言ったでしょ、リベンジだって。今度こそ完璧にこれをやってやろう。」 「やれるかなぁ。」 「猛練習して完成させよう。この曲を燻らせたままにしておくのは可哀相だ。」  ドーナツ屋の一件こそあったが、梨心としては心配の方が勝る。ホープスターズ・ステージは規模が大きな公演だ。そこで声に詰まったら……。  雨に濡れに行くくらいでは済まないかもしれない。滝にでも打たれに行ってしまいそうだ。 「私はどうしても梨心とこれをやりたいんだ。ダメかな?」  台詞に反してロアは断られることなど一ミリも想定していなさそうだった。梨心はロアのやってやるぞ的気概に当てられ、ついに覚悟を決める。  つまりいつもと同じ流れだった。 「やる、リベンジ。」 「I’m glad to hear that!」  ロアちゃんは上機嫌でガッツポーズをする。また蒼花の中に飛び込むことになりそうだった。  上等だとか思った。 「ロアちゃん、私からもやりたい曲の希望があるんだけど、良いかな。」  さらに今度は梨心の方からロアに提案する。 「断る理由がマジで無いね、聞かせて!」 「ステージでは持ち時間的に二曲演れるからさ、私『スタードリーム』をやりたいんだ。」 「おお!良いね!」  『スタードリーム』。引退したアイドル部三年生の代表曲であり、大切な節目に演じられてきた曲だ。新歓ライブや春光公演の最後の舞台でも披露された。  それに、梨心がアイドル部を、それどころが「アイドル」そのものに強い憧れを持つに至ったきっかけになった曲でもあるのだ。  一年生の大舞台に、ぜひこの曲をやってみたい。一人でも何とかしてやってやる所存だったが、ロアちゃんが一緒ならなおのこと頼もしい。 「決まり。『スタードリーム』は私もいつかやってみたかったんだ。ホープスターズ・ステージはこの二曲で行こう!」 「ありがとう……一か月よろしくね、ロアちゃん!」  かくして長い練習期間が始まった。それは戦いの日々でもあった。 *  スマホを見つめる。  アイドル部の活動が終わってしばらく経ち、梨心は自室にいた。スマホはメッセージアプリを開いており、宛先はロア。  今日の部活で伝えそびれたことがあった。正確には、帰路の最終局面で唐突に思いついたからだが。それでロアに連絡したかったのだ。  しかし、 「……大事なことだし、対面で話した方が良いよね、うん。」  梨心はメッセージを入力する。話があるから部屋にお邪魔するね、とだけ。そして既読が付くのを待たずに部屋を出た。
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