2話:橙色の同級生

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2話:橙色の同級生

 まぶた越しに明るさを感じる。  眠りから覚醒する自分を感じる。意識が深層から戻ってくる。鳥のさえずりが聞こえた。  ゆっくりと目を開く。眩しい。少しずつ視界がクリアになってくると、見知らぬ天井があった。 (ここは……?)  寝起きの不明瞭な思考力で昨日までのことを思い出そうとする。昨日は……。 (あぁそうか、昨日から学校が始まって、寮暮らしになったんだ……。)  梨心は上半身を起こし、伸びをする。軽く骨が鳴る。時計をみれば六時二七分、アラームより少し早く起きたようだ。カーテンの開けられた窓からは春の朝日が差し込んでいた。 「おはよう、梨心。」  声をかけられる。誰?一瞬思考が止まるが、そうだ、寮室は二人用なのだ。ルームメイトがいる。 「あ……おはよぉ垂雨……。」  同室の相手・水都垂雨は自分より先に起きていて、机に座って何か湯気の出るものを飲んでいた。栞が挟まれた本を片手に持っている。 「なにそれ。」 「お茶、グリーンティ、さっき給湯室からお湯もらってきたの。」 「ふー……ん。」  梨心は眠い目をこすりながらベッドから出る。 「うわー眠。顔洗ってきます。」 「いってらっしゃい。」  部屋から出て洗面所へ向かう。寮の廊下には梨心と同じように眠そうな顔をした生徒が何人かいた。  まだ冷たい水道水を顔に浴びて、部屋に戻ってくる。 「なんだか、朝起きたら家族以外の人が同じ部屋にいるのって不思議な感じがする。」 「ふふ、そうね。私も不思議。」 *  授業は殆どの科目が初回のイントロダクションだったため、さして苦労するものではなかった。それに正直な話、梨心は放課後にあるイベントが楽しみすぎて授業のことなど考えていられなかった。なんたって今日からは、あれが始まるのだ。  授業がすべて終わると、梨心はすぐに荷物をまとめ一目散に教室を出る。  ドアを開ければ廊下にはあふれんばかりの人、人、人。 「こんにちはー!テニス部でーす!」 「巧道部です!武道館で体験会やってます!」 「書道部はこちらでーす!」 「陸上部です!一般競技、魔法競技、どちらも募集していまーす!」  廊下は部活の勧誘をする上級生と、それに囲まれる一年生たちでごった返していた。身動きすらままならない。しかし梨心は行くべき場所をすでに決めていた。勧誘に目もくれず、人の波の隙間をくぐって玄関を目指す。  学校を出て、グラウンドへ。グラウンドにも勧誘や体験会を行っている部が多くあった。  この学校には、普通の学校には無いような部活が多くある。そもそも珍しいものや、体系に魔法が深く関わっているものも。梨心が目指す部もそれに属するものだった。大都会のマンモス校であると同時に、魔法教育に秀でた学校であるが故に生徒数が多く、部活も多いのだ。  グラウンドを挟んで校舎との反対側、はたして見えてくるのは、無骨で巨大な鉄骨で組まれたステージ。 「——————!」  強烈に記憶が刺激される。来た。ついに来た!あの時立った場所!あの時見たステージ!  逸る気持ちを抑え、梨心はステージに近づく。近づけば近づくほど、黒い巨大な鉄の塊は大きくなる。胸にくるものがあって、梨心はステージ前に来ただけでなんだか視界がぼやけてきた。  あの日、幼かったあの日。でも、確かに覚えている、確か過ぎるほど覚えている。ついに来たのだ。ここまで!何度あの光景を思い返したことか。何度夢に見たことか!  だめだ。まだ満足してはいけない。まだスタートラインに立っただけなのだ。すべてはここから始まるのだ。たどり着きはしたが、これはまったくゴールではないのだ!  大きなスクリーンにはモノクロの校章が映されており、ステージの周りには多くの生徒が群がっていた。梨心はまた人込みを潜り抜け、なんとか最前列に陣取る。  懐かしい。あの日もこんなに近くで観劇した。首が痛くなるほど見上げていた記憶があるが、今では無理のない姿勢で十分だ。我ながら大きくなったものだ。  部活紹介のパンフレットによれば開演まであと十分だ。そわそわしながら待つ。  周囲の学生たちをきょろきょろと見回す。見たことない人、寮ですれ違った人、昨夜のレクリエーションで話した人……様子をみていると、その人が単に部活見学でここにいるのか、それとも本気でここにいるのか、なんとなく分かる。梨心はもちろん後者である。当然だ。この学校を志望した理由こそこれなのだ。  不意に校章が映されていたスクリーンが暗転した。いよいよだ。始まる!  集まった生徒たちがその気配を感じて少し場が静かになったところで———  ドン、と、耳をぶっ飛ばすかのような轟音とともに、華やかな音楽が始まった。  それとともに、舞台袖から煌びやかな衣装に身を包んだ生徒たちが躍り出てくる。 「こんにちはーーー!月命学園アイドル部でーーーす!本日は来てくれてありがとうございまーーーす!」  ワッと、観客たちから歓声が上がる。溜めていた熱を解き放つかのように。 「えー、まずは部活紹介とかをすべきとは思うんですけど、私たちの活動は見てもらった方が早いと思うので、一曲目いきまーす!!!」  センターの生徒がマイクに向かって宣言すると同時にイントロが流れ始める。それに併せてステージ上の部員たちがフォーメーションを整えてゆく。 「行きます!一曲目!『スタードリーム』!!!」  おー!と他の部員たちもかけ声を上げる。そして楽曲が始まった。いかにもアイドル曲らしい、ポップで明るいメロディと歌詞。誰が始めるともなく、観客たちは手拍子を打つ。梨心も夢中で手を打った。  巧みな歌唱とダンスでもって曲は淀みなく進む。いよいよサビだ。先ほど開幕宣言をした生徒と他の数名がセンターに位置取る。そして———  ふわっと、空中に大輪の花が咲いた。  観客席からまた歓声が上がる。大小様々な花々は宙に舞い、光の粒子となって弾けて消えてゆく。光の粉が客席に降りかかり、幻想的な空間を生む。魔法だ。おそらくセンターの生徒たちは光の魔法を使ったのだろう。 「——————。」  梨心は息を飲んだ。その光のあまりの綺麗さにもだが、それ以上に、このパフォーマンスそのものに対してだ。  同じなのだ。忘れるはずもない、梨心の原点である光景、あのときのライブで行われたパフォーマンスと。  偶然だろうか。十年ほど前に訪れたのもこの学校だった。この学校で受け継がれているパフォーマンスなのか、それとも単に同じ発想に至ってこれが生まれたのか。早かった脈拍がまた一段と早くなる。ゾクゾクしてきた。梨心はあの時のライブの曲を知らなかった。踊っていた生徒の名も知らない、覚えていない。もう二度とあの光景には出会えず、梨心の心の中でしか見られないものだとばかり思っていたが、また同じパフォーマンスを見られるとは!  サビの最後にひときわ大きな花が咲く。黄色ががった光で描かれたのは大輪の向日葵だ。  締めにギターがかき鳴らされる。一曲目が終わり、ステージ前は空を揺らすような拍手と歓声で埋め尽くされた。最高のスタートだ。 「………………!」  あれ、おかしいな。視界がぼやける。息が荒くなってくる。頬が熱を帯びてくる。目頭と鼻が痛い。  梨心は、泣いていた。大粒の涙を流して。 (え、私、泣いてる?)  絢爛豪華なステージの前で、笑いながら、ただ一人梨心は涙していた。場違いな程に。  梨心は自分の感情を制御できなかった。嬉しいやら、悲しいやら、面白いやら、いろんな感情がないまぜになって混乱していた。涙を流すことしかできない。光の魔法も無意識に振りまきながら。  何年も、何年も何年も何年も夢見てきた憧れがいざ目の前にあると、ヒトの感情は狂ってしまうようだった。最前列で泣き笑いの表情のまま梨心は立っていた。  夢のようなパフォーマンスが終わり会場が盛大な拍手に包まれたところで、最初に挨拶をした生徒が再びセンターに来る。マイクをとんとんと叩き——— 「えー改めまして皆さんこんにちは!」 『『『こんにちはー!!!』』』 「あはっ、ありがとうございます!本日は月命学園アイドル部の新歓発表会にお越しいただきありがとうございます!私は部長を務めております三年の錬羽(れんば)ゆいです!えー、一曲目『スタードリーム』はいかがでしたでしょうか!パンフレットにセトリがありますが、今日はあと三曲の発表がありますので、楽しんでいってくださーい!」  ぴょいっとお辞儀をして、フリフリなスカートを翻しながら部長がフォーメーションに戻る。二曲目はすぐに始まるようだ。 「それでは、二曲目、聴いてください!『夢のあふれる泉』!。」
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