17話:再臨を望んで

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*  ロアが爆発した。  正確には、爆発的に燃え上がった。紅蓮の炎がロアを焼き包み、なお拡大してゆく。 「うわぁぁぁ!!!ロアちゃん!!!」  梨心は焦って跳び下がる。目の前のロアは炎の渦に包まれ、影すら見えなくなる。それほどの豪炎だった。 「こ、———は、まず、い———」  轟轟と燃え盛る火柱の中からわずかにロアの声が聞こえた。どうやら彼女自身も自分の身を制御できないようだ。炎は天井に届きそうな勢いだ。  異変に気が付いた他のアイドル部員も周囲に集まってくるが、誰も出来ることはなかった。ただ立ち尽くすばかりだ。梨心も声を失って硬直していることしかできない。  魔力の炎には現実の温度は無いため、中のロアが焼死することはないはずだ。それでもこの、目の前のあまりに異常な光景は見る者の心に強烈なショックを与える。  それに、火柱を中心に放出される莫大な魔力が現象の異常さを引き立てていた。人間が一日で生産できる量を遥かに凌駕する量の魔力がロアから流れ出ているようだ。  これではロアが枯れてしまう。 「誰か先生呼んできて!!!」 「救急も呼ぶ⁉」  スタジオは最早パニック状態だった。  熾烈な炎はついにその色を蒼く変える。  そして———一層爆発的に燃え上がった後に、ゆるやかに鎮静化した。  焼け跡にロアを残して。 「ロアちゃん!!!」  梨心は倒れ伏したロアに駆け寄る。ロアは気を失っていた。上半身を抱えると身体が酷く熱い。 「——————死ん」 「ミツキ!!!」 「先生と担架来たよ!とりあえず保健室!!!」  大人の力も借りて意識の無いロアを保健室へ運ぶ。  大丈夫、きっと大丈夫———。  付き添いつつ梨心は必死に暴れる心臓を鎮めようとした。  そんなことは無理に決まっていた。  保健室のベッドに寝かせられてもしかし、ロアは目を覚まさない。純白のシーツに赤い影が落ちている。熱を計れば火と見紛うほどの高温だった。  保健室の先生曰く、命に係わる状態ではないが病院への搬送が必須だということだ。梨心は聞いた途端に視界が白黒してきた。保健室に入りきらないアイドル部の面子も心配そうに室内を覗き込んでいる。 「あの先生、ロアちゃんは何の病気?怪我?なんでしょうか。」  梨心は沈黙に耐えられなくなってロアを診断している女医の先生に質問する。 「まだ断定はできないけど、恐らく魔力の———」  先生が声を発すると同時に、どこかから走る足音が聞こえてきた。だんだんと近づいてくるその音はどうやら猛烈な勢いで廊下を激走している。廊下に溢れた部員たちがその方向を見るより先に、  猪突の勢いで何者かが、廊下の人だかりを突き飛ばして、壁ごと破壊しそうな勢いで保健室に入ってきた。 「ロア!!!大丈夫か!!!」 「うわぁ!!!」  侵入者の大声に空気が揺れる。侵入者は道着に袴を履いており、その顔は魔糸製の巧道防具に覆われていた。そして後頭部には見覚えのあるポニーテール。 「お、沖田さん……。」  沖田だった。事を知って稽古中だったのが道場からそのまま走ってきたようだ。普段の様子からは想像も出来ない程取り乱している。 「沖田さん、病室ではお静かに。」  先生があくまで穏やかに言う。 「先生、ロアは———」  沖田が言い切る前に、また何者かが走る足音が聞こえてきた。足音は一直線に保健室に向かっており、近づくにつれ地鳴りが生じる。 「沖田ァ!急に出ていくな!!!」  猛烈な勢いで別の巧道部員が部屋に乗り込んできた。その声量にまた部屋が揺れる。 「病室ではお静かに。」  新たな巧道部員やはりフルフェイスで、頭の後ろからボサボサに結われた髪が二本伸びていた。生徒は先生を無視して素早く沖田に駆け寄ると、沖田の太くない胴体を両腕で背後から鷲掴みにし、あろうことかそのまま沖田を担ぎ上げた。 「荒金!離せ!」 「いいから戻るぞ!迷惑だろうが!」  アイドル部はその異様な光景に言葉を失う。先生だけが冷静だった。 「もうすぐ救急の方が到着します。部屋を開けるように。」 「私も病院へ行く!」 「バカ言うな何が出来る!そもそも救急車に乗れないだろお前は!」 「走ってでも!!!」 「アホか!!!」  暴れる沖田を担いだまま、ツインテールの生徒は保健室を後にする。 「お騒がせしました!」 「ロア!聞こえてるか!おい!」 「いい加減黙れお前は口に剣ぶち込むぞ!!!」  廊下からはしばらくの間喚き声が聞こえていたが、それも彼女らが遠ざかるうちに聞こえなくなった。空間に静寂が戻り、遠くからの救急車のサイレンが聞こえてくる。  ロアは喧騒の中でも目を覚まさなかった。
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