17話:再臨を望んで

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* 「それで、ロアさんの様態は?」 「炉回乖離症……だって。」  梨心は垂雨と部屋に二人。部活は雰囲気的に解散となった。そもそも梨心の場合はペアがいないので練習ができなかった。 「乖離症か……知ってるわ。」 「垂雨知ってるの?」 「……成長期の人やいわゆる若者に稀にある症状よね。炉心が生み出す魔力量に回路の成長が追い付かなくなって、炉心が不整脈みたいになるっていう。」  垂雨の理解は梨心が病院で受けた説明と大体合っていた。  炉回乖離症。  人類が魔法能力を発現させるのと同時に発生した、厄介な症状らしい。  人間が魔法を使う際には魔力が必要となる。その魔力を生み出す臓器が「炉心」。そして生産された魔力を全身に行き渡らせるための管が「回路」だった。言わば炉心は魔力用の心臓であり、回路は血管である。これらの臓器は人間が進化の過程でいつの間にか体得していたものらしい。  問題は、炉心と回路の成熟過程が独立していることである。  二つの臓器は別々に成長する。炉心が回路より遅れて成熟する場合は特に問題は無いのだが、問題なのは回路が炉心よりも未熟な場合である。  炉心が生み出す魔力を捌けないほど回路が未熟だった場合、余剰の魔力が無理に炉心から放出されるために回路に負荷がかかる。その結果魔力腺が損傷し、魔法が暴走してしまう恐れがあるのだった。  ロアは炉心に比べて回路が弱かった。さらに悪いことに、彼女の炉心は人並以上に強力であり、炎の魔法は魔力からの変換率が高かった。その全てが合わさった結果、炉心から溢れる魔力が暴走した。炎の魔法はそれこそ現実の炎が酸素を使い果たしてしまうように、ロアの身体から全ての魔力を吸い上げて燃焼した。 「ロアちゃんは十五歳と数か月……このくらいの年齢だと回路が未成熟なのはよくあることなんだって。でも、ロアちゃんの場合は炉心が特別強かったみたいで……。」 「それで乖離症が起きたというわけね。」  梨心は両手で口元を覆って項垂れる。 「……しばらく入院、だって。」 「……病院でロアさんはどうだった?」 「お見舞い行ったけど、気持ち悪そうだった。重度の魔力切れだから……あんまり長居しないで帰ってきちゃった。」 「その方が良いわね……。」  相手は“症例”なのだ。解決のために動けることが無い。良いパフォーマンスをすればロアが治るわけでもないし、一晩やそこらで回復するわけでもない。手の打ちようがなかった。  二人とも何も話せなくなる。互いにいざこざを抱えていた頃とは違う沈黙だった。  無力故の沈黙。こちらの方が何倍も辛かった。 *  翌日の教室でも、ロアの噂がそこかしこから聞こえてきた。彼女は有名人だったので、昨日の件はすぐに学年中に広がった。梨心は耳を塞ぎたくなる。隣席の六華も、あえて梨心にその話題を聞いてこなかった。優しさがありがたい。  遠くの席の沖田はいつも通り無表情だったが、心中穏やかではないだろう。彼女は今朝は数か月振りに一人で目覚めたはずだ。  部活の時間、梨心は練習を始める前に斗守部長に呼び出された。 「その、ロアの件だけど。」 「はい。」 「『ホープスターズ・ステージ』まではあと十日だ。ロアは入院しているが……もし、仮に、ロアの回復が間に合わなかった場合、梨心一人で出場することになる。」 「……はい。」  梨心とロアは『クィン・ハーツ』というユニットを組んでステージに出場登録されている。アイドル部には代わりの人員はいないし、今から梨心がどこかに混ざるのも難しそうだった。 「……梨心の決断を尊重するけど、一人の出場を気負うなら出場自体を取り消すという選択肢もある。その……言いづらいが、どちらを取るか考えておいてくれないか。」 「了解しました……。」  斗守は遣る瀬無い表情で腕を組みなおした。 「私も辛い。梨心も無理してまで登壇しなくたって良いんだ。自分の心の健康を優先して考えて。」 「はい。」  スタジオでは皆が各々の練習をしている。大抵の娘は二人以上のチームを組んで出る。一人で出るのは、一部のアイドルだけ。そのアイドルも、当然一人用の楽曲で舞台に臨むのだ。それに対して、梨心とロアが選んだ二曲はいずれも複数人でのパフォーマンスが前提のものだった。『スタードリーム』は一人でもできないこともないが、あまり映えない振付だ。  『月と一輪の蒼花』に至っては、梨心は青い魔法を使えないのだ。  今から演じる曲目を変えるか?曲決めと練習を十日で完了させられるだろうか。ステージで割り当てられた時間的に二曲必要だ。高確率で不可能だろう。  そもそも、日程や演目のこと以前に、もっと大きな問題がある。  梨心とロアはユニットを組み、その名前まで決めてしまったのだ。二つの心が重なったユニットは、『クィン・ハーツ』という命を得た。このユニットは、梨心とロアが一緒にいないと成立しないのだ。他の誰かと組んでも、それは第二のクィン・ハーツにはならない。「梨心と誰か」にしかならないのだ。  もう出場届は出してしまった。ユニットの中身が変わってしまうことはどうしても避けたい……。  どうしたものか。考えつつ、梨心は全身を苛めぬく勢いでひたすら筋トレをしていた。  やることが無かった。ならばせめてトレーニングにでも明け暮れるべきだろう。
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