18話:ホープスターズ・ステージ

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18話:ホープスターズ・ステージ

「梨心、私がいない間、どんな練習をしてた?」  復活した直後、早速梨心とロアは床に向かい合って座って今後の話を始めた。離れ離れだったぶん、まずは互いの現状のすり合わせが必要だった。 「ひたすら『月と一輪の蒼花』やってました。」 「そうかそうか。まぁそうだよね。」 「あのロアちゃん、蒼花の方も大変なんだけど、不安なのはむしろ「スタードリーム」の方で……。」  そうなのだ。梨心からしてみれば後者の曲も十分に心配だった。『月と一輪の蒼花』の方はオルテンシアの前にも練習したし、ロアが入院する直前までもやっていた。対して、『スタードリーム』の方は手つかずなのだ。無論、梨心はこちらも練習を重ねてきたが、それは一人でのことだ。前者の楽曲と違って一度もロアと合わせて踊ったことが無いし、そもそもロアがこちらの曲をどれだけ演れるかすら未知数だった。  スタードリームもそれなりの難易度の曲なのだ。もしもロアがこちらにまで手を回していなかったとしたら、あと三日で完成させるのは至難だ。  そんな梨心が持つ諸々の不安の全てを見透かしたかのように、ロアは得意げに笑う。 「『スタードリーム』に関してはさんざんイメトレをしたさ。ベッドの中に楽譜と振付を持ち込んでね。踊りから音程から何から何まで頭の中に叩き込んだ。あとは実際踊ってみて、身体が付いてくるかどうかだけだね。」 「すごい!」  それは大きな進捗だ!この分ならいけるかもしれない。 「それに……。」 「それに?」 「梨心、三年生の先輩がやった、新歓ライブを覚えているかい?あの中に『スタードリーム』があっただろう。あれを見たときから、曲の振付は全部頭に入ってたんだ。だからこっちの方は、結構イケると思うよ。」  事も無げに言ってのけるロア。  梨心とて、新歓ライブで行われた楽曲は全部記憶していた。しかしロアは、その振付まで全て覚えているという。数か月前の公演だったのだが。  ……流石に超人技と言わざるを得ない。  アイドル活動への、深く強い情熱が成せる技だ。新歓ライブの時期に、彼女が楽曲を瞬時にコピーしてみせたことを思いだす。  急に、目の前に胡坐をかくロアがとんでもないアイドルに見えてきた。いや事実そうなのだけど。 「私から言う事じゃないとは思うけど、遅れを取り戻そう、梨心。まだ三日もある。死ぬ気で合わせれば何とかなるはずだ。」  病み上がりとは思えない気迫だった。 「うん、頑張ろう!」  再開後すぐに道標は示された。決して希望がある道のりではないが、再開の雰囲気に当てられて無敵モードな二人はその程度のことには怯まなかった。  朝と昼とで一時間、放課後に四時間で、一日に六時間の練習。これを三日間。合計で十八時間の練習だった。  満足な時間は取れていない。それどころか必要最低限すら下回る練習量だった。  それでも、梨心とロアは惑わなかった。むしろ、二人で合わせて踊れば踊るほど、演技の完成を確信するようになっていった。  比喩でなく足りなかったパーツが嵌め込まれた感覚。これだという確証がある。  最後の通し練習が終わった後も、二人は強く見つめ合って頷きあうだけだった。 「本番、明日だね……。」 「そうだね。」  梨心とロアはスタジオを後にする。復帰後三回目の帰路だった。時刻は二〇時を回っており、外は当たり前に暗かった。太陽の熱をすっかり失ったグラウンドの乾いた砂地を歩く。  最近は滅多に雨が降っていなかった。夜空には今日も大きな月が浮いている。ここ数日で丁度満月となった月だ。  『月と一輪の蒼花』が作詞作曲されたときも、当時のアイドル部は月を見上げていたのだろう。未だ咲いていない蒼花を咲かせる道のりは、思いがけない困難の連続だった。  それでも、とうとうここまで来た。 「ロアちゃん、今更なんだけどさ……。」 「ん?」  二人きり。梨心はずっと気になっていたことを口にする。 「どうして予定よりもずっと早く退院できたの?」  当初ロアから聞いた話に寄れば、完治には二週間以上かかるということだった。しかしロアは、たった一週間で症例を覆してしまった。そのおかげでステージ本番に間に合いそうなのでありがたいのだが、どういう事情で今のロアは立てているのだろうか?  一昨日と昨日はロアが帰ってきた感動と練習に必死だったこともあって、肝心なこの点を問うていなかったのだ。 「もし無理して立っているなら……。」 「いやいや、無理なんて全くしていないよ。私はいたって健康さ。」  確かに梨心から見てもロアは健康そのものだった。顔色も良いし声も出ているし、魔力の流れも普通だ。 「お医者様も驚いていたよ。一般的な事例に比べて回復が速すぎるってね。治療法も変えていないのにって言っていた。回路も正常そのもので、もう青い炎を出すレベルで魔法を使っても、何の問題も無いって。」 「ふぅん……なんでだろう?」  奇跡のような話だ。実際奇跡だ。 「お医者様はこうも言っていたよ。人間の身体っていうのは未だに科学で解明できない不思議をたくさん抱えているってね。とりわけ魔法の分野に関してはまだ百年しか研究されていないんだ。定説通りにいかない事例も山ほどあるらしいし、私もその内の一つだったってことかな。」  それにしたって診断結果より半分の時間で治してしまうなんて。ロアの持つパワー故なのだろうかと思う。 「結局もゆるの言う通りになったわけだね。諦めなかったら案外道が開けてしまったよ。」  本当にその通りだ。梨心は心の中で今までの道を振り返る。  本番に至る道のりは苦難が多かった。『オルテンシア・コンテスト』での失敗を踏まえればもっとだ。  それでも、がむしゃらに邁進してみたらここまで来れてしまった。  これほどまでの大舞台なのだ。決して逃すわけにはいかない。  前回のように、ステージでこけることは許されないのだ。 「明日は絶対成功させよう。」 「うん。」  銀月は明るい。それに加えて今夜は星も輝いていた。  復活した梨心とロアにとっては、まさに希望の星々だった。
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