18話:ホープスターズ・ステージ

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「『クィン・ハーツ』です!」 「聴いてください、『月と一輪の蒼花』!」  ステージは青い照明に染め上げられている。アリーナそのものはオルテンシア・コンテストとは違う場所だが、強烈な既視感を覚える。当然だ。同じ曲を演るのだから。  しかし恐れることは無い。梨心はこと歌いだしに関しては万全に準備をしてきた。水分補給もしておいた。何度も発声練習もした。廊下にまで湿度計を持ち込んだ。声が出ない方がおかしいのだ。  息を吸う。縮みかける声帯を勇気でもってこじ開ける。 「———♪鏡は空を映し———。」  淀みなく歌詞は紡がれた!梨心は嬉しくてチラとロアを見た。青い目が安堵と称賛に煌めく。  出だしが完璧なら、あとは流れに乗るだけだ。梨心は自分のパートを順調に歌い上げ、ロアに引き継ぐ。感覚が冴えていた。歌も踊りも魔法も、鍛錬の成果が滑らかに発露する。  サビが来る。梨心は光の魔法を収め、ロアのパフォーマンスに託す。ロアは精緻な歌声で歌いながら、膨大な魔力を体内でくゆらせる。隣に立つ梨心ですら、魔力が周囲を震わせるような錯覚を覚えた。  ロアは手を振るい、右手のマイクは親指と人差し指だけで持ち、宙に両手を広げた。あの、得意げな笑みをしていた。  瞬間、炸裂する青い炎。 「………………っ!」  観客席の上に、大輪の青い紫陽花が咲いた!  席から歓声が上がる。  梨心は、一時呼吸を忘れて花に見惚れた。  炎でできた、小さな花弁の集合体。魔法でそれらを描くには大変細やかな技術が要るのだが、ロアは自然の紫陽花すら顔負けするような、絢爛たる花冠を咲かせてみせた。青い光に、ロアのドレスは紫に、梨心のドレスも濃藍に染め上げられる。  その幻想の大花は空中で分かれ、花弁は拡散し、アリーナの闇に溶けてゆく。  初めて完成した。これが、『月と一輪の蒼花』の正体だった。  曲の終わりまでのあと少しを駆け抜ける。梨心とロアは互いに手を取り合って礼をした。観客席から拍手が送られる。  いける。梨心は確信した。二曲目もこの流れでやれる。この公演は完璧だ!  背後から流れる曲調が変わる。二曲目のイントロが始まった。 「二曲目、聴いてください!」  ロアの口上を引き継ぐように、梨心は大きく息を吸う。 「『スタードリーム』!!!」  胸元のリボンを華麗に揺らし、梨心の胸から光の魔法が迸る———。  一曲目の主役がロアなら、二曲目の主役は間違いない梨心だった。こちらは光の魔法によるパフォーマンスが多い。梨心がその四肢を躍動させる度に、手先足先から光が飛び散る。  自分がアイドルを志すきっかけになった曲。そんな曲を大舞台で演じている。  笑顔は崩さずとも、目元に熱を感じる。  隣で踊るロア。流れる音楽。鳴る手拍子。  世界に酔う。  感極まって歌声が少し震えることは、大勢にバレていそうだ。涙腺の決壊が決定的になってしまわぬように慎重に歌う。  やっと来るわずかな間奏。右手のマイクを掲げ、空いている左手で右肘辺りを叩いて拍を取りつつ、魔力を練る。  そろそろサビになる。最後の見せ場が迫っていた。酩酊したかのように狂った時間間隔の中で、大音量の音楽を聴いてやっとそのタイミングを知覚する。 この一瞬に全てを賭けても良い。存在が終わっても良い。それほどの没頭。  指先から広がる光の魔法はその規模を増し、とうとう梨心の両腕を黄色く包み込むほどになった。 (咲け!!!)  梨心は全力で魔法を放つ。鋭い勢いで、観客席に向けて光線が射出された。  落とされた照明、闇に沈むステージ、その中空に光線は滞留し、太陽と見紛うような、大輪の向日葵が花開く。  観客席からはまた歓声が上がる。向日葵を軸として大小様々な花々も連続して咲き、幻想的に空間を彩る。銀河の中心にいるかのような圧倒的な煌めき。その花畑の中を、梨心の力強い歌声が貫通する。  梨心の瞳が、持つマイクが、金属のアクセサリが、光沢を持つ全てが光を取り込んで反射する。ステージで輝く梨心は、まさしく光の精のようだった。  梨心はステージから、己の手で命を与えた向日葵を仰ぐ。この光景は二度、客席から見た。それを今、ステージ側から見ている。  感無量なんて言葉では言い表せない。  花がほろほろと散ってゆくのに合わせて、楽曲も終わる。梨心とロアは歩み寄り、互いに外側の手にマイクを持ち、手をつないだ。 「「せーの、ありがとうございました!」」  動きを揃えて、礼。  万雷の拍手を背に、二人はステージを駆け下りた。
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