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18話-2:心海
垂雨に今日の公演の成果を饒舌に語っていると、ロアから連絡があった。珍しくメッセージではなく電話だ。受話器マークを押す。
「もしもし?」
『梨心、今暇かい?ちょっと外に来て欲しいんだけど。』
「部屋の外?廊下にいるの?」
『いやいや、屋外だよ。駐輪場。』
「……もう夜だよ?」
時刻は二一時。ホープスターズ・ステージを終了してから数時間しか経っていなかった。外は完全に暗いが、今から外出とは。話を断片的に拾っている垂雨も怪訝そうな顔をしている。
「行くけど……何処に?」
『秘密さ。あっと、上着は着て来るんだよ。寒いからね。』
了承を確認した後に、電話が切れる。
「………………?」
不可解な言動だ。
しかし、明確な非日常に少し心が浮く。
「ちょっと外出してくるね。」
「気を付けてね。」
寝巻から私服に着替え、上着も羽織って部屋を出た。廊下に人はいない。こんな時間からの外出は初めてのことだった。
*
「やぁやぁ、すまないね。」
指示された場所は寮の駐輪場。そこには当然、呼び出し主であるロアがいた。夏だというのにジャケットに身を包んでいる。
「こっち。」
ロアは駐輪場の奥へと進む。梨心は寮に自転車を持ち込んでいないので、この辺りに来るのは初めてだった。屋根付きの駐輪場は照明が少なく、奥へ行くにつれて暗くなる。
最奥には自転車だけでなく、動力付きの単車なども格納されていた。ロアはその内の一台に近づく。
……まさか?
「これ、被って。」
ロアは梨心に黒い球体の塊を差し出す。光沢あるそれは冷たく、指の関節でノックしてみると硬かった。
ヘルメット。
「……私を何処へ連れて行くつもりなの?」
「悪いが秘密さ、サプライズだからね。何、そんなに遠くじゃないから安心して。」
ロアはバイクを引っ張り出す。梨心の知識では二輪車の区別はつかないが、少なくとも原付よりは大きなバイクだ。
「ロアちゃんそんなん乗れんの……っていうか免許は?」
「HAHAHA.」
「そこぼかされると超怖いんだけど!?」
法に触れてしまう。アイドル部から前科者を輩出したくはない。
「大丈夫。十六になったからね、免許もあるし、合法的に乗れるさ。まぁ実家の中ではもっと前から乗り回してたけどね。」
機体にエンジンがかかり、大袈裟な駆動音が駐輪場に響いた。ヘッドライトが暗がりを一直線に切り裂く。
寮の敷地から公道に出たところで、ロアはとうとう機体に跨った。
「乗って。」
フルフェイスのロアに手を差し出される。
「安全運転でお願いね。死にたくない。」
「信用ないなぁ。」
バイクに乗せてもらうのは初めての経験だった。梨心も後方の座席に跨る。ステージ終わりのときとは全く違う感情とともに、梨心はロアの腹部に強く抱きつく。
エンジンが一層やかましくいなないた。
「Let’s head out!」
「レッツゴー。」
車通りの少ない道路を、二人乗りのバイクが疾駆する。
(いや、バイクってこんなに無防備な乗り物なの!?)
梨心は割と真面目に恐怖し、ロアの身体に回した手を解けないでいた。
景色が恐ろしい速さで過ぎ去っていく。自転車の速度とは一線を画すスピード。そんな速さで流れる空気はしかし、梨心のすぐ周辺にあるものだった。こんな速度で何かに激突してしまえば、一体どうなってしまうのか。想像するだに恐ろしい。
夜光が目まぐるしく表れては消えてゆく。流星のようだった。
ロアの運転の良し悪しは分からなかったが、バイクは軽快にアスファルトを駆けていた。何処へ向かっているのか、何度もロアに語りかけたが、風を切る轟音とエンジンの脈動に遮られて声は届かなかった。
ただ、時折、ロアの胴の前面で組んだ手に、ロアは空いている手を重ねてくれた。
グローブ越しでも温かいその接触に我慢して、梨心はそれ以上は喋らなかった。
やがて、バイクは緩やかに速度を落として停車される。
「着いたよ。」
ロアに促されて梨心はバイクを降りた。猛烈なエンジンの振動に身体のあちこちが麻痺してしまっていたが、何とか立つ。
ヘルメットを外して視界を確保する前に、涼しい風を感じた。
「ここって……。」
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