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見上げれば深紫色をした空に一番星が光っている。
「こんな道あったかな?」
コートの襟を持ち上げながら私は小首をかしげる。
自分が住んでいる地区のほとんどの道は網羅していた。
畑の間を行く道、古民家の間を歩く道、細いのに車がビュンビュン通る道、神社やお寺が乱立している道……。
いつも傍らには愛犬のチョコ(ポメラニアン♂3歳・白)がいて歩くのに疲れると抱っこをせがまれるのだ。
今日もその調子で、ちょうど抱っこをせがまれた時に、その道を発見した。
家と家の間にある人が一人通れるかどうかわからない道だった。
蔓性の枯れた植物が鉄格子のように絡まって入り口をふさいでいた。
路の様子は両脇を枝が細く背の高い木々で覆われ、まるで洞窟のようだ。
チョコを抱き上げよう腰をかがめなければ、先に続く地面に気付かなかったに違いない。
しかし、夕日がとっぷり沈み、外灯がちかちかと道路を照らす宵闇の時間だ。
スマホを点ければ、もうすぐ19時。
夕ご飯もあるし、数学の宿題もあるし、そろそろ散歩を終わらせて家に帰らないといけない。
”ワンワン!!”
腕の中でチョコが吠えた。
「なにあんた。知らない道だから行ってみたいって?」
チョコは私を見上げてヘッヘッヘ! とピンク色の舌を出す。
私は眉を寄せて困ったように笑いかけるが、実際知らない道にはテンションが上がっていた。
奥の見えない細い道。
その先はどこへつながっているのか。
(一本向こうの神社仏閣通りかなぁ……)
と想像を巡らせながら、私はチョコを抱っこしたまま、垂れ下がる蔓植物を払いのけた。
「いこっかチョコ!」
”ウワン!”
チョコは私の腕から地面に飛び降りた。
「ちょっ、高いところから跳んだらダメって言ってるでしょ!! ポメラニアンは骨折しやすいんだからね?」
思わず声を荒げるが、地面に降りたチョコは振り向きもしない。
楽しそうに丸めた尻尾をフリフリしながら、両サイドを埋める木々の根元に鼻をこすりつけていた。
食いしん坊だから食べ物を探しているのだろうけども……その様子はトリュフを探す豚にも見える。
「それにしても暗いなぁ。あんたが白くて良かった良かった」
”ワゥ!”
私の言葉を理解しているかのように振り返り、吠えるチョコ。
多分、なんかエサくれ!とせがんでいるのだ。
頭上を枝葉で覆われているせいか、星明りも入らない路。
外灯の光も勿論入ってこない。
私は流石に懐の懐中電灯を点灯することにした。
これで流石に道の奥がどうなっているかくらいはわかるだろう。
さっきまで歩いていた通りは神社仏閣まで一本しか道が違わないのだから。
懐中電灯の光で小枝や落ち葉が覆う道を照らしながら進んでいく。
(おや? おやおやおや??)
徐々に道幅が広がっていた。
チョコも心なしか広がっていく道幅に解放感を覚えたのか、それとも落ち葉で遊びたいだけか、私の周りをぴょんぴょん跳ねる。
”ワン! ワンワンワン!!”
「あー、はいはいはい。落ち葉がいっぱいある神社の空き地みたいだから遊べると思ったんでしょ? でもここ違うから」
チョコはおそらくいつも歩く神社だと勘違いしているのだろう。リードを噛んで振り回して遊び始めた。
「こら、リード噛まないの!! おい、ちょ、力つっよ……ちょ! はな、離しなさいって!」
”ウルルルル!!”
「め! リード噛まないの!! メ! そんなんじゃ帰っちゃうべっ!?」
チョコと綱引きして足元をおろそかにしていた私は、落ち葉で滑ってすっころんだ。
”ワンワンワンワン!!”
「チョコ!?」
その拍子にリードが外れてチョコが路の奥へと全力疾走。
私は立ち上がって走り出そうとするが、転んだ拍子に懐中電灯をどこかに放り投げてしまったらしい。
「戻ってきなさいチョコ! おいで! ほらチョコ―――!!」
真っ暗な闇の中で、私の声は無駄に響く。
この道こんなに広かった?
距離的にももう神社仏閣通りに出ていいはずなのに、いまだに終わりが見えないのだっておかしい。
うすら寒いモノを背中に感じて、一歩後ずさる。
「いっ……つ!」
左足に鈍い痛みが走って思わずしゃがむ。
左足を触ると、転んだ拍子にひねったのか腫れていた。
不安が一気に押し寄せる。
どうしよう、こんなところで一人で……私。
”……ヮンワンワンワン!!”
暗闇の向こうからチョコの吠え声がした。
「チョコ! こっちだよ! おいで!!」
私はしゃがみ込んだままチョコの声の方へと叫ぶ。
全力疾走のチョコが落ち葉を蹴散らし、白い姿を一筋の光に照らされながらこちらへ近づいてくる。
その光は私の懐中電灯のものだった。
でも、懐中電灯が勝手に動くことはない。
じゃあ、誰がそれを持っているのか。
「!??」
私は落ち葉の上を後ずさる。
チョコが私に飛びつき、私の顔をべろべろ舐めるが、私の視線は懐中電灯を持ってこちらに近づいてくる誰かに向いていた。
その人は身長2メートルくらいで、茶色いコートに、紳士的な黒い帽子を被っていた。
(不審者だ不審者だきっと不審者だ足痛いし走れないしどうしようどうしようどうしようどうしよう!!)
目を見開いて後ずさりを続ける私と、私の顔をべろべろと舐め続けるチョコ。
2メートルの人影は私達に追い付いて、懐中電灯の柄を向けて差し出した。
「コレ、アナタノデスネ? オチテマシタヨ?」
片言でしゃべったその人は、銀色の肌に大きな黒いガラスのような目に、鼻がなかった。更に、その手は手のひらがなく、懐中電灯に絡みついている三本の触手のようなものがおそらく指だろう。
「……ぅ、宇宙人??」
私は自然と懐中時計を受け取ってつぶやいていた。
「ナ、ナンノコトデスカナ? ワタシハチキュウジンデスヨ。サベツ、ヨクナイ! ワスレロビーームッ!!」
次の瞬間、私の目の前が真っ白に染まった。
私は神社仏閣通りの外灯の下で立ち尽くしていた。
「……あれ? 私なにしてたんだっけ??」
なにかとんでもないモノを見た気がするけど思い出せない。
”ワンワンワン!”
チョコが元気に吠えて尻尾を振る。
何故だか無性に抱きしめたくて、私はしゃがんだ。
「いっ! ……ん?」
左足の付け根が腫れていた。
いつの間にひねったのだろうか。
”ワンワン!!”
チョコが夜空に向かって吠える。
首を上げると、へろへろと揺れるように煌めく星が深紫色の空に浮かんでいた。
何だあれ……UFO?
北風に目を細めている間に、ヘロヘロと煌めく光源はいなくなった。
「……ま、いっか」
私はチョコを抱っこして、足を庇いながら家路を急ぐ。
スマホを開くと時刻は既に19時を回っていた。
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