「つま先に火をつけて」

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誰にも見つからないように、見つけれないように。やわな私に気付いて欲しくなかった。不幸だと思われたくなかった。 世界に、言葉は溢れている。その中から嫌なものを選んで、他人は私にぶつける事が出来る。投げても投げ返さない人を選んで見分ける人も居る。だから近づかれるのは怖かった。近づく事は恐れだった。近づきたくなかった。 …けれど、あの人は。優しく私に近づいてくれた。ボロボロな私に、綺麗ではない私を見て、受け入れてくれた。 優しい目をして。そっと言葉を投げかけてくれた。あたたかい言葉を、すっと差し出して、受け取る自由をくれた。 だからこそ、私は自分から受け取る事が出来た。人を愛したい、と思えた。思わずにいられなかった。 心さんと交わしたその言葉一つ一つを、考えたい。考えて、私も優しく返したい。彼がそうしてくれたように。遠くではなく、近くで。心を見たい。怖くても、不安でも、傍にいきたい。不器用でも、手を伸ばしたい。 そこに居てくれるなら。ただ愛す私に振り返ってくれるなら、どんな顔をするのか見てみたいの。 心を深く広げて、柔く捧げたい。迷いながらも言葉にして、臆する事なく、自分の心に正直でいたいの。 愛する事を恐れずに、愛したい。涙が幾度零れても。変わってしまう自分に戸惑っても、受け取りながら生きていくの。人間として。 深く抱き締める度に、「頑張れ!」とジャッキーが言ってくれているような気がした。これから始まるんだよ!そう励ますように、ただ優しく私の目に映れば、頷きながら、彼女の頭に何度も優しく撫で続けた。 「…一緒にお家に帰ろうね。」こくりと頷くように、ジャッキーが揺れていけば、鼻をただ静かに啜った。 零れ落ちる涙を何度も拭いながら、何とか自分のシートベルトを締めていけば、震える指先でエンジンボタンを押す。 ライトを静かに点ければ、夜の姿がぼんやりと明るくなって、明るさのその帯がじんわりと広がった。 もう怖くない。大丈夫。生きていける。アクセルを踏めば、車がゆっくりと滑るように走り出していく。 出口の所まで来れば、私は一度振り返っていた。さっきまで心さんと一緒に座っていたベンチを眺める。 戸惑いながら、互いに座った。他愛も無い会話をしながら、ただ二人で静かに。互いだけを見ていた。 …またあのベンチに一緒に座りたい。今度は勇気を出して隣に座って、彼をより近くに感じたい。 他愛も無い話をして。天気の話でも、好きな音楽でも、好きな食べ物の話でもいい。彼の言葉を聞きたい。 笑うその顔や、何が好きで何が嫌いか、知りたい。私も彼に自分の事を知って欲しい。私の好きなジャッキーの事、心さんのダンスを見てどんな風に世界が変わったのか、少しでも話したい。心さんに少しずつ、私の事を知って欲しい。私の言葉で、私の思いを伝えたい。貴方が白く強く輝いて、その光に心が奪われたんだと。瞬きも出来ない瞬間だったと。 輝きが今も消えず、夜空の月よりも眩しくて、優しい光だった。誰よりも輝き、今も私の心を照らしている。 空を見上げてと告げるように、満天の空の中、一番星のように光り輝いている。そんな風に、貴方は私の光になった。腕を広げて、もっと自由に生きていいと。ダンスを通して教えてくれた。 彼のダンスを見て、私も自分が輝ける事を始めて知った。こんな自分でも全力で踊れば、音と一つになれる。 楽しくて、嬉しくて、切ない。でも、それでも楽しい。心から生きられる。心から笑えるんだ。それを知った。 ありがとうと伝えたい。とびきりの笑顔で、彼に伝えたい。顔を上げて、笑うんだ。心さんに向かって。 彼がどんな返事をするか分からない。困るかもかもしれないし、重い女とか思われるかもしれない。 でも、それでもいいの。心さんに救われたのは本当の事だから。どんな返事を返されても、それでもありがとうと笑いたい。だって誰にも話せない自分を、今日こうして見つける事が出来て、こんなに嬉しいから。 偶然でも、今日貴方に出会わなければ、こんな自分を見つける事が自分では決して出来なかったと思うから。 彼の話も聞きたい。少し低いあの声に耳を傾けて、私も心から返事を返したい。顔を上げて笑いあえたらいいな。そんな小さな幸せな未来の一瞬があればいいな。心さんの心を、もっともっと知って。好きになりたい。 心さんがどんな風に何を感じて。生きているのか知りたい。それを知る度に、心は白くなり波になって打つだろう。私がどんな人間か、どうなっていきたいのか。彼の前でどんな風に映るのか知っていきたい。 それが人を愛すという事だから。愛し続けるという事だから。走る心を決して止めずに、一緒に生きていく。 もっと勇気が要る事が、これからもあるかもしれない。それでも震える足を、震える心を、動かしたい。 違う人間だからこそ。心を通わせたい。痛みも、身体の温度も、指先も、触れたものも何もかも違っても。 思わずにはいられない。狂おしいほどに、思う。それすらも、ただ優しく愛していたいと思い続ける。 帰り道を歩いている彼の姿を思い描く。伸びるその背を、広い肩幅を。伸びる影帽子を。好きな音楽を口ずさみながら、歩いているかもしれない。時折夜空を見上げながら、目に映して。何かを思うかもしれない。 今同じ夜空の下に居ても、同じ事を考えているかは分からない。彼の世界を、私はまだまだ知らないから。
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