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「いい加減大人になれ、フレッド。お前は良い男だからな」
「散々僕の不安を煽った男の言い草とは思えないね!」
「この程度の仕返しくらいさせろ。俺は死にかけたんだぞ?」
「それは自業自得だよ! 逆恨みも甚だしいね!」
ふんっと、鼻息も荒く顔を背けるフレデリックの肩を、ヴァレリーは軽く引き寄せた。耳許に、低く囁く。
「そう怒るなフレッド。お前が惚れるくらいの男だろ? 女が惚れても仕方がない」
「っ――もう! そんな事は言われなくても分かってるよ!」
「なら、もう少し寛大な気持ちを持てよ。男の嫉妬はみっともないぞ」
「うるさいっ!」
今や頭上へと迫ったヘリが降下を始めて、フレデリックは肩に乗ったヴァレリーの腕を叩き落とした。辰巳に、誤解されたくはない。
危なげもなく船上へと着陸を果たしたヘリから降り立った辰巳は、次いで降りてくるヴァレンティーナへと手を差し出した。
「エスコートしてくれるなんて、優しいのね」
「そんな大層なものかよ」
いちいち大袈裟だと顔を顰める辰巳である。が、しかし、その一部始終はもちろんフレデリックの視界に入っていた。
思わず足を踏み出すフレデリックの腕をヴァレリーが掴む。
「本当に、辰巳が絡むと見境がないな。あんなものは男なら誰だってする」
「辰巳の辞書に気遣いという言葉があるならね」
「はぁ……、まったく、お前は辰巳の何を見ているんだ? あいつは、いつだってお前を気遣ってるだろうが」
頭を冷やせと、そう言われてフレデリックは唇を噛み締めた。未だ回転したままのメインローターが叩きつける風は強く、辰巳が華奢な躰を支えるのは当然の事ともいえる。それでも。
――辰巳の隣は僕だけのものなのに……。
どす黒く醜い感情が湧き上がるのをフレデリックは止められなかった。
やがてヘリが再び空へと舞い上がり、辰巳が乱れた髪を掻き上げる。
「お帰り、辰巳……」
「おう」
短い返事はいつもの事だ。だが、今のフレデリックには、どうしても投げやりな態度に思えてしまう。
「甲斐は、元気だったかい?」
「まあ、疲れた様子ではあったな」
「そう」
僅かに俯いたまま返された返事は、フレデリックの様子がいつもと違うという事に辰巳が気付くのには充分だった。
「何だお前、具合でも悪ぃのか」
顔を覗き込んでくる辰巳の目を見られない。深い闇色の瞳に、どす黒く染まった感情を見抜かれるのが怖かった。
何も応えようとしないフレデリックへと辰巳が再び声を掛けようとしたその時、ヴァレリーが口を開いた。
「お前も移動で疲れただろう、辰巳。ヴァレンティーナは俺が送ってやる。お前はフレッドと部屋へ戻って休め」
「あ? ああ」
休めと言いつつも、ヴァレリーはヴァレンティーナを伴いさっさとヘリポートから居なくなってしまった。取り残された辰巳が、フレデリックを振り返る。
「おい、いつまでそんなとこに突っ立ってんだ。行くぞ」
「うん……」
覇気のない返事に辰巳の片眉が上がる。
「いったい何だってんだよ。言いてぇ事があんならハッキリ言えっつったろうが」
くしゃくしゃと金色の頭を掻き回し、辰巳はフレデリックの肩を抱いた。
「たかだか一日離れてただけだろぅが」
「何も……」
「あ?」
「何もなかった……?」
かろうじて聞き取れる程度の声で囁かれたフレデリックの言葉は、だがしっかりと辰巳の耳に届いていた。
「あの女に嫉妬でもしたのかよ?」
「ッ……」
「まあ、ンなこったろうとは思ったけどな」
呆れたように笑う辰巳の手が、フレデリックの腰へと落ちる。
「ったく、自分で寄越しといて嫉妬かよ」
「キミが僕から離れていくのは……耐えられない……」
辰巳の肩へと、金色の頭がぽすりと乗った。くぐもった声は、拗ねているようでも、泣いているようでもある。
「お前は変わったな」
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