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辰巳がそう言えば、フレデリックの肩が微かに震えた。
「どんな僕でも愛してくれるって言ったくせに……」
「ああ、そうだな。どんなお前でも愛してやるよ」
「……こんなに醜い僕を、僕は知らないよ……」
「嫌なのか?」
いつになく優しい辰巳の声に、フレデリックは顔をあげた。碧い瞳が愛しい恋人の顔を映し出す。
「嫌いにならないでいてくれる……?」
「つまんねぇ事で萎れてんじゃねぇよ。調子狂うだろうが」
幾分か困ったような顔をして、辰巳は噛み付くようにフレデリックへと口付けた。合わせたままの唇が、ふっと息を吐く。
「お前が嫉妬するような事は、何もねぇよ」
「本当に……?」
「俺があの女に手ぇ出すとでも思ってんのか?」
「誘われた……?」
「お前のせいでな」
「僕のせい?」
そもそもフレデリックが居なければ辰巳に興味を持つ人間などいないという事に、本人だけが気付いていないのだから質が悪い。
「お前が惚れてる男がどんなもんか、知りてぇとさ」
「そんなの……世界一良い男に決まってるじゃないか」
「お前がそんなんだから俺が巻き込まれんだろぅが」
やれやれと呆れたように首を振る辰巳の腕がぎゅっと締まり、フレデリックは小さく笑った。
「ごめん……。けど、僕はキミを手放さない」
「知ってるよ」
たったそれだけの短いその言葉が、フレデリックの胸に安心をくれる。フレデリックは、辰巳をきつく抱き締め返した。
「痛ぇよタコ」
加減もへったくれもない抱擁に、辰巳の口から悪態が零れ落ちる。馬鹿力はいつもの事といえ、毎度これではそのうち本当に骨が折れるのではないかと心配になってくる辰巳だった。
◇ ◇ ◇
フレデリックがブリッジへと戻れば、何やらクルーたちの様子が慌ただしかった。何か問題が起きたのだろうかと、マイケルの元へと歩み寄る。
「どうかしたのかな?」
「フレッド。どうやら、計器類の一部に問題が起きたようでな」
「先日の嵐のせいかな」
「たぶんな」
整備課の人間が修復にあたっているが、どうやら進捗は芳しくないようである。フレデリックは、機関室へと繋がる回線を開いた。
「こちらフレデリック、状況説明を」
『キャップ! すみません、スラスター周りの機器が一部破損しまして、物理的な処置は済んだんですが、電子制御の方が上手くいかず。今本社と連絡を取っているのですが、遠隔では難しいとの事です』
「なるほど。状況は分かったよ。すぐに詳しい人間を送るから、少し待っていて」
『わかりました!』
回線を切ったフレデリックは、ブリッジを振り返った。
「と、いう事らしいから、シルヴァン。ちょっと行ってきてくれる?」
「分かりました。ウィルに私のノートPCを持ってくるよう伝えていただけますか」
「急ぎだし、仕方がないね」
「お願いします」
機関室へと向かうため、ブリッジを出て行くシルヴァンの背後で、マイケルがすぐさまセキュリティーへと回線を回していた。
『こちらセキュリティー、ロイク・ヴァシュレだ』
「マイケルだ。至急、ウィリアムに伝言を頼む」
『ウィルに?』
「現在計器類にトラブルが起きている。シルヴァンを対処に向かわせているので、彼のノートパソコンをウィルに持たせてほしい」
『配達先は、機関室でいいのかな?』
「ああ。頼む」
『了解。すぐに行かせるよ』
回線を切ったマイケルは、だがすぐにフレデリックの視線とぶつかってたじろいだ。
「何だ……」
「今日は気が利くなと思って」
「今日は?」
些か棘を含んだ声でマイケルが返せば、フレデリックはにこりと微笑んだ。その顔が、余計に腹立たしい。
「ロイクの相手をお前に任せていたら、すぐに済む話も長くなるからな。手間を省いただけだ」
「僕だって時と場所くらいは弁えているよ」
「どうだかな」
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