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しれっと持ち場へ戻ってしまうマイケルの背後で、フレデリックが舌を出す。その様子に、ブリッジは苦笑に包まれた。
◇ ◇ ◇
「お待たせしました、シルヴァン!」
唸りを上げる大型のエンジン音に負けない大きな声が背後から聞こえて、シルヴァンは整備士たちとの会話を中断して振り返った。ウィリアムの手には、シルヴァンのアタッシュケースがしっかりと抱えられていた。
「これで良かったですか?」
「ああ、手間をかけたな」
アタッシュケースを開けたウィリアムは、パソコンをシルヴァンへと差し出した。通常サイズのノートパソコンが、ウィリアムの手にあるとタブレットサイズに見える。
「……直りそうですか?」
「直すさ」
心配そうに様子を窺うウィリアムを残し、シルヴァンは再び整備士との会話に戻った。
「システム自体がうまく起動していないという事ですか?」
「ああ。再起動をかけても変わらずだ。本部からの遠隔操作も無理となっちゃ、俺たちにはお手上げだ」
「分かりました。スラスターの制御以外は、問題ないんですね?」
「ああ。他は問題ない」
「ちなみに、物理的に破損したのはどこですか?」
話をしながらも、シルヴァンの指は起動したパソコンの上で止まる事はなかった。
「ウィル、鞄をもう少しこっちに寄せてくれないか」
「はいっ」
元気よく返事をしたウィリアムは、開いたアタッシュケースをシルヴァンの手の届く位置へと移動させる。
「ここで良いですか?」
「ああ、ありがとう」
言いながら、シルヴァンは幾つかのケーブルを船の制御盤へと接続していく。幾つもの移り変わる画面を、シルバーフレームのレンズが反射していた。
「ああ……なるほどな」
独り言のように時折り呟かれるシルヴァンの声は、巨大な船のエンジン音があっけなく掻き消していく。
時間にして一時間ほどだろうか、ようやく手を停めたシルヴァンを、整備士たちが固唾を飲んで見守っていた。画面から顔を上げた瞬間、あまりの近さにシルヴァンが仰け反りそうになる。
「ッ!?」
「どうだ、復旧出来そうか?」
「ええ、まあ……」
僅かに身を引いたシルヴァンの言葉に、整備士たちは安堵の息とともに床へと倒れ込んだ。
「神様ありがとう」
「天使は俺たちを見捨てなかった」
口々に感謝の言葉を口にする整備士たちに、大袈裟なと苦笑を漏らし、シルヴァンは立ち上がった。大きくひとつ伸びをする。さすがに、少々肩が凝った気がしなくもない。
クイーン・オブ・ザ・シーズⅡは、最新の航行システムを搭載している。今や車でさえも電子制御の世の中で、当然船の航行システムもデジタル化されていた。それにあたり、整備士たちもシステムについては説明を受けていたし、ある程度の作業はマニュアルが完備されているため問題はなかった。
だが、残念なことにその道の専門家は整備課にはいない。それでも基本的には遠隔操作が可能ということと、電子系に明るいシルヴァンを航行システムの制作会社に出向させ、万が一のために備えさせるというフレデリックの判断によるところが大きい。
そうして、最終的に本社はGOサインを出しクイーン・オブ・ザ・シーズⅡは処女航海へと踏み出したわけだが、途中ストームに出会ってしまったのは不運としか言いようがない。結果的には復旧できたものの、今後の課題となるのは必至である。
「片付けますか?」
「最終確認をしたらな」
ケーブルを外し、制御盤を見遣ってシルヴァンは整備士たちへと動作を確認するよう促した。
結局、残りの業務時間を機関室で過ごしたシルヴァンは、そのまま待機との命を受けて自室へと戻ることとなった。後ろには、アタッシュケースを大事そうに抱えたウィリアムを従えて。
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