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Day.18
クイーン・オブ・ザ・シーズⅡの処女航海も折り返しを迎えようかというその日、仕事を終えたロランはメディカルセンターを出たところで珍しくも待ち伏せを食らうこととなった。
「やあロラン」
「ガブリエル……」
”恋人”という関係になって数ヶ月。本来であれば、まだまだ付き合い始めたばかりで楽しい時期であるはずなのだが、ロランは気まずげに視線を伏せた。
「その顔を見るに、罪悪感はあるってところかな?」
「ええ、まあ……」
短く応えるロランの肩へと、ガブリエルが軽く腕をかける。
「っ、ここでは何ですので、場所を変えませんか?」
「いいね。どこに行く?」
「よろしければ、私の部屋に……」
かくしてロランは、ガブリエルを伴って部屋へと戻った。が、ドアが閉まった瞬間に、ロランの躰は壁へついたガブリエルの腕に囲われることとなった。ゆっくりと近付いてくる唇に、目を閉じる。だが、口付けはいつまで経ってももたらされなかった。
「っ……ガブリエル…?」
「悪いことしたら、なんて言うの?」
「……ごめんなさい」
「うん。良い子」
ちゅっと微かな水音をたてて、額へと口づけられる。
「ぁ……」
「物欲しそうな顔しちゃって、口にして欲しかった?」
「……はい」
「素直で良い子だね。でも、今日はお仕置きだからしてあげない」
にこりと微笑んだガブリエルは、お仕置きと言いながらもロランの躰を抱えあげた。あっという間に、ガブリエルはロランを抱いたまま寝台の上へと腰を下ろす。
「それで? どうして俺のこと避けてたのか、教えてくれる?」
否定の言葉を、ロランは呑み込んだ。サウサンプトンを出港してから今日まで、業務外では顔も合わせていないのだから、さすがに避けていると言われても仕方ないだろう。だが、ロランにも言い分はあるのだ。
「その……、今まで通りでいられるのか不安になってしまって」
「それは、俺と付き合ってるのを知られるのが嫌ってこと?」
「違います」
きっぱりと否定するロランの顔を、ガブリエルは覗き込んだ。
「じゃあ何?」
「ただ、年甲斐もなくはしゃいでいると思われるのが……不安で」
「ああ。まぁ確かに? ロランって、俺の前だと顔に出ちゃうもんね」
「っ……」
はたしてそれが”はしゃいでいる”という事になるのかどうかはさておき、これはガブリエルにとっても問題である。ロランとの関係が知れるのが問題なのではない。それが理由で、海上でロランと会えないという事が問題だ。せっかく同じ船に乗っているというのに、他人のように過ごすことなど考えられない。
「まあ、そんな心配は要らないと思うけどね」
「え?」
「予定されてるスケジュールも落ち着くころだし、そろそろ来ると思うよ? クイーン・オブ・ザ・シーズの恒例行事がさ」
呆れたように言いながらも、どこか楽しそうなガブリエルにロランは言葉を失った。
クイーン・オブ・ザ・シーズの恒例行事。「カップル成立発表会」などというふざけたネーミングを冠したそれは、先代のクイーン・オブ・ザ・シーズの頃からクルーたちの楽しみの一つである。
付き合い始めたクルー同士を家族たちがみんなで祝うという名目のそれは、だがその実、船上という娯楽の少ない閉鎖環境において少しでも楽しみを見出そうと始まった謂わば身内だけの”お祭り騒ぎ”の場である。主役に祭り上げられたカップルは、馴れ初めやら普段の過ごし方やら、クルーの質問にはすべて答えなければならないという謎のルールが存在する。
先代のクイーン・オブ・ザ・シーズでも船医として乗船していたロランだが、話しには聞いていても実際にその場に顔を出した事はない。ただ、時に数時間にも及ぶ質問攻めにあうと聞いて、クルーたちの悪ノリに呆れ果てたものだ。
ここにきて、ロランは自身がその主役になり得るという事に初めて気づいたのである。そもそも、そういったイベント事には興味もなく、娯楽がなくとも苦痛に感じるタイプでもない。だから、失念していたのだ。
にっと、ガブリエルの口角が楽しそうに持ち上がる。
「まあ、俺は断る気ないから諦めて?」
「そんな……」
「だいたいさぁ、恋人の前で表情のひとつも変えない子なんて可愛くないでしょ? ロランの可愛いところ、お裾分けくらいしてあげなよ」
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