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節の高い指がグレーの髪を弄ぶ。さらさらと指の間を流れ落ちる感触を楽しむかのようなガブリエルに、ロランは眉根を寄せた。
「ですが、私たちのことは誰にも言っていないはずです」
「何言ってるの、そんなの父上が黙ってる訳ないでしょ。今ごろせっせとスケジュールの調整でもしてるんじゃないかな」
世界一と謳われる豪華客船、その二代目の処女航海ともなれば、それなりに航行中の船上イベントや寄港地でのお披露目などスケジュールは盛沢山である。だが、ロングクルーズともなればゲストを飽きさせないスケジュールは当然だが、休ませる時間を作ることも船会社にとっては重要なのである。つまりは、その時間は手の空くクルーも増えるという事だ。
ロングクルーズの折り返し。その時間はこれから訪れる。
「ガブリエルは、本当に良いのですか?」
「何が?」
「その……、私などが相手だと、宣言することになるんですよ?」
「またそういう言い方する」
やれやれと首を振ったガブリエルは、ロランの頬をむにりと摘まんだ。
「私”など”は、禁止。俺はロランが良いって何度も言ってるだろ」
「……はい」
「安心しなよ。あんたは気付いてないだろうけど、ロラン先生って案外人気あるからね」
ガブリエルの言葉は事実だ。物静かで落ち着いた雰囲気と、医師としての確かな手腕、目立ちはしなくとも整った顔とバランスの良い体型と姿勢の良さは、同年代の男性を遥かに凌駕する。少し陰のある物憂げな表情も素敵と、看護師ならず診察を受けたゲストからも好評である。
ロランは会社の大元がファミリーであるが故に船医として乗船していると思っているが、実際はそんな事はない。ただ、本人だけがそう思い込んでいる。
「あまり可愛くない事ばかり言ってると、キスしてあげないよ?」
節の高い指が、つんとロランの唇をつつく。
「いつまでもおあずけされたいのかな?」
「っ、嫌です……」
「うん。俺も嫌」
短く言って、ガブリエルはロランの唇へと口付けた。
「ぁっ、……ん」
安堵にも似た吐息がロランの唇から零れ落ちる。互いに絡めあった舌先に、微かな水音が響いた。
やがて透明な糸を結びながら離れた唇を、名残惜し気に節の高い指がなぞる。
「本気で、イギリスに戻るまで俺に我慢させるつもりだった?」
「それは……」
くすくすと笑うガブリエルの腕の中で、ロランの躰が揺れる。ロランとて一般的な体格ではあるが、大柄なガブリエルの手にかかるとなす術もない。
「いくらこの船が大きくても、海の上で逃げ場もないのに無謀すぎない? それとも捕まった後でお仕置き、されたかったのかな?」
「っそんなことは……」
「じゃあやめようか?」
寝台の上へと降ろされそうになって、ロランはガブリエルの大きな躰へと咄嗟に手を伸ばした。引き締まった腕を細い指で掴む。
「嫌っ、行かないでくださ……っ」
「どうしよっかな」
「ガブリエル……っ」
「何?」
冷たい声とは裏腹に、ガブリエルのグレーの瞳には優し気な色が浮かんでいた。
「あなたの……顔を見たら、我慢が出来なくなりそうで……」
「うん」
「逃げて……ごめんなさい…」
行かないでと、そう思いを込めて細い指に力をいれた瞬間、ロランの躰は寝台の上に押し倒された。勢いの良いそれに、驚きに息を詰める。
「ッ……」
「少し、苛めすぎたかな」
困ったような声が耳に流れ込む。大きな躰に抱きこまれたロランからは、ガブリエルの表情を見ることは適わなかった。
「ガブリエル?」
「ちゃんと捕まえてろって、俺言ったよね?」
「はい……」
ガブリエルの声は、胸から直接響いてくるようだった。
「我慢なんかしなくていいから、手、離すなよ。あんたがちゃんと捕まえててくれるなら、悩みも、我儘も、弱いところも欲しいものも、俺が全部一緒に抱えてやるから」
聞こえてくるのは紛れもない告白で、ロランは呼吸すら忘れそうになる。
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