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「ガブ、リエル……」
「今度逃げたら、監禁するからな」
低い脅し文句は、だがロランの耳には随分と甘く聞こえた。抱き締める腕の強さが、何よりもあたたかく、何よりも雄弁にガブリエルの気持ちを伝えてくる。
「こんなに不器用な告白をされたのは、初めてです」
「言っとくけど俺、執着心の強さなら父上にも負ける気しないからね?」
「そう、なのですか?」
フレデリックの辰巳に対する執着心は、それはもうとんでもなく強い。いや、強いを通り越して病的と言っていい。
「あの、ガブリエル……?」
「うん?」
「こんな事を聞くのは、とても憚られるのですが……」
恐る恐るロランは言葉を紡いだ。
「まさか、フレッドが辰巳さんに接しているように、私に接しようとしている訳では……ありませんよね?」
「ああ、それは安心して? あの人の場合、独占欲も執着心も、ついでに嫉妬心も半端じゃないしね。俺としては、いくら好きでもそこまで誰かを縛り付けたいとは思わないかな」
さらりと返された答えに、ロランは安堵した。が、それも束の間、次いで聞こえてきた台詞は、まさに脅しのようなそれだった。
「でも、あまりにもロランが俺の気持ちを信じられないようなら、父上みたいに目に見えるようにしなきゃいけなくなるかもね」
「信じては、いますよ……?」
「ま、性格なんてそう簡単に変わるものじゃないけど、ロランにはもっと俺の恋人だって自覚をもってもらわないとね。なんたって、次期アンダーボスの恋人だよ?」
いつまでも気弱なままでいられたら困ると、間近に覗き込む端正な顔が微笑んだ。
「あなたは、それでいいのですか?」
「何が?」
「アンダーボスと、そうおっしゃったので……」
「ああ、だって俺、ナンバーワンに興味ないからね」
肩書など何の枷にもならないという事を、ガブリエルは誰よりも間近に見ている。フレデリックが特殊である事はもちろん理解しているつもりだ。だが、フレデリックに出来て、自分に出来ないはずがないという思いもある。いやむしろ、メイドメンバーの殆どに、ボスになるつもりはないとガブリエルは宣言していた。
同じメイドメンバーでも、あまりにも職種の違うロランの耳に入っていなかっただけの事である。
「ロランは俺に、ボスになって欲しい?」
「いえ、そういう訳では」
「そ? ロランがボスの恋人が良いって言うなら、ボスになってもいいんだけどな」
「っ、そんな簡単に……」
「なるよ。なるように俺がする。恋人の我儘のひとつも叶えられない男だと思う?」
挑むようなグレーの瞳が、本気である事を告げていた。
「思いませんよ。あなたの意思は、クリスもフレッドも、きっと受け入れてくださると思います」
最終的に決定を下すのは、ボスであるクリストファーだ。けれども、クリストファーもフレデリックも、掟に縛られることを嫌厭している節がある。なにせ、イギリス人をフランスマフィアのメイドメンバーに迎えてしまうのだから驚く以外にない。
そんな二人であれば、ガブリエルやシルヴァンの意見を取り入れて後継者を決める事に反発もないだろうと思う。
「まあ、そうは言っても、まだまだ父上もクリスも元気だし、先の話だね。けど、ロランが言うならボスになっても良いっていうのは、本気だから覚えておいてよ」
「はい」
そう言われたところで、ロランとしてはガブリエルの進む道に口を挟むつもりはない。そもそも、メイドメンバーという肩書でさえ、一介の医師でしかない自身には過ぎたものだと思っている。口にすれば、ガブリエルにはまた諫められるのだろうと思えばロランの口から笑みが零れた。
「なぁに楽しそうな顔しちゃってるの。二週間以上も恋人放っておいて、笑ってるとか酷くない?」
「あなたの事を考えていたら、思わず可笑しくなってしまって」
「それって余計に酷いよね」
拗ねたように目を細める恋人へと、ロランはそっと身を寄せた。
「あなたに怒られたくないので、内容は言えませんよ」
「何それ、気になるじゃん」
「私”など”は、禁止なのでしょう?」
くすくすと笑いながら告げれば、大きな手が優しくグレーの髪を撫でた。
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